考えるのをやめたとき、脳は何をしているのか──意識と無意識の処理について

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締め切り前日の夜、いくら考えても答えが出なかったのに、翌朝起き上がったとたんにふと解決策が浮かんだ。
あるいは、ずっと思い出せなかった人の名前が、まったく別のことをしている最中に突然戻ってきた。

こういった経験、皆さんも一度はあるのではないでしょうか?
いや、一度ならず何度もあるかもしれませんね。

不思議なのは、考えることをやめた後に答えが出てくる、という点です。考え続けていたときには出てこなかったものが、手放した瞬間に現れる。このとき、脳の中では何が起きているのでしょうか。

この記事では、「顕在意識」と「潜在意識」という概念の成り立ちをたどりながら、意識的な思考と無意識下の処理がどのように機能しているかを、神経科学と認知心理学の研究をもとに読み解いていきます。

目次

意識という窓と、その外側にあるもの


「顕在意識」と「潜在意識」という言葉は、日常の会話にもある程度なじんでいます。ただ、この概念が誰によって、どのような形で提唱されたのかを知っている人は、それほど多くないかもしれません。概念が生まれた背景を知ることで、意識というものの輪郭が少し明確になります。

フロイトが描いた意識の地図

「潜在意識」という概念を体系化したのは、オーストリアの精神科医ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)です。フロイトは1915年に発表した論文「無意識について(Das Unbewusste)」などを通じて、人間の心を3つの層に分けて説明しました。

ひとつ目は「意識(conscious)」、つまり今この瞬間に自分が認識できている思考や感情の領域です。ふたつ目は「前意識(preconscious)」、意識には上がっていないけれど少し注意を向ければ思い出せる記憶や知識の層です。そして3つ目が「無意識(unconscious)」、自分では直接アクセスできないが、行動や感情に深く影響を及ぼしているとフロイトが考えた層です。

フロイトはこのモデルを、精神分析の臨床的観察から導き出しました。夢分析や自由連想法を通じて、意識に上らない欲求や記憶が心身の症状として現れることを示そうとしたのです。

ただし、フロイトのモデルはあくまでも臨床的・理論的なものであり、脳の神経活動を直接測定したものではありません。当時の科学技術では、それは不可能でした。現代では、このフロイトの枠組みを継承しながら、神経科学がより具体的な手法で「意識と無意識の処理」を研究しています。「潜在意識」という言葉は現在も広く使われますが、現代の認知神経科学では「無意識的処理(unconscious processing)」「自動処理(automatic processing)」という表現が使われることが多く、フロイトの概念とは少し異なるニュアンスを持っている点は覚えておくと良いのではないでしょうか。

神経科学は何を付け加えたか

現代の神経科学は、脳の活動を直接測定する手段を持っています。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やEEG(脳波計)を用いることで、思考や意思決定のプロセスを脳活動の側面から観察することが可能になりました。

そこから見えてきたのは、私たちが「自分で意識して判断している」と感じている場面でも、実際には膨大な無意識的処理が先行しているという事実です。

たとえば視覚情報の処理を考えてみましょう。
目から入った光の情報は網膜を経て視覚野に到達しますが、私たちが「これは椅子だ」と認識するまでの間に、脳の複数の領域が高速で並列処理を行っています。このほとんどは意識に上ることなく完了しています。
意識的に認識できているのは、処理の最終段階だけです。言語処理も同様で、言葉を聞いたとき、その意味を理解するまでの処理のほとんどは無意識下で完了しており、私たちは完成した「意味」だけを意識的に受け取っています。

このように、脳は常に膨大な処理を意識の外で行っています。「意識」はその一部を知覚しているに過ぎません。なお、インターネット上では「顕在意識は全体の2〜5%」「潜在意識は95〜98%」といった数字がよく見られますが、これらは神経科学の査読論文に基づく数値ではありません。「意識的な処理は全体のごく一部に過ぎない」という認識は多くの研究者が共有していますが、正確な割合を確定することは現在の科学では困難とされています。

脳は意識が「気づく」より先に動いている


意識と無意識の関係を考えるうえで、避けて通れない実験があります。
アメリカの神経科学者ベンジャミン・リベット(Benjamin Libet)が1983年に行った、今でも繰り返し参照される研究です。この実験は、「意識的な意図が行動を引き起こしている」という私たちの感覚に、根本的な疑問を投げかけるものでした。

1983年の実験が示したこと

実験の手順はシンプルです。参加者は回転する時計の針を見ながら、自分が自由に決めたタイミングで手首を曲げます。そして「動こうと思った」と意識した瞬間の時計の位置を報告します。同時に、頭部に取り付けたEEGによって脳波が記録されていました。

測定された結果は次のとおりです。脳波には動作の開始に先立って「準備電位(Bereitschaftspotential)」と呼ばれる特徴的な変化が現れますが、この準備電位は動作の開始より約550ミリ秒前から始まっていました。一方、参加者が「動こうと思った」と報告したタイミングは、動作の約200ミリ秒前でした。

つまり、意識的な意図を感じるより約350ミリ秒も前に、脳はすでに動作の準備を始めていたということになります。

この結果は、「自分が意識的に決断している」と感じている行為の少なくとも一部は、実は脳がすでに先行して処理を始めた後で意識に上ってくるものである可能性を示しています。
リベットの実験はその後も多くの後続研究を生み、2008年にはイギリスのパトリック・ハガード(Patrick Haggard)らが改良した実験を行い、基本的な知見を支持する結果を得ています。
この実験の解釈については「では自由意志は存在しないのか」という哲学的な議論へと発展していますが、解釈はともかく、「脳の処理が意識的な気づきに先行する」という現象自体は、現代神経科学において広く受け入れられた知見です。

「意識的に決めている」という感覚の正体

リベットの実験が浮かび上がらせた視点は、日常的な体験とも重なります。

自転車の乗り方を考えてみます。
最初に練習するとき、私たちはバランスの取り方、ペダルの踏み方、ハンドルの操作を意識的に一つひとつ確かめながら行います。ところが乗り慣れてくると、これらの動作は意識しなくてもできるようになります。バランスを保つための細かい筋肉の調整や体重移動は、意識的な判断を経ずに行われています。

心理学では、意識的な注意と努力を必要とする処理を「統制的処理(controlled processing)」、意識的な関与なしに自動的に行われる処理を「自動処理(automatic processing)」と区別します。熟練した技能の多くは、繰り返しの経験を通じて自動処理へと移行します。

日常生活の中で、私たちが「意識的に考えている」と感じている場面は実際には非常に限られています。歩きながら話し、周囲の状況を把握し、次の行動を予測する、といった並列処理のほとんどは、意識の関与なしに行われています。これはある意味で、脳がいかに効率的に機能しているかを示しているとも言えます。

意識的な処理には認知的なコストがかかります。何もかもを意識的に処理しようとすると、脳はすぐに限界を迎えてしまうことでしょう。

考えるのをやめた後も、脳は処理を続けている


ここで冒頭の現象に戻ります。なぜ考えることをやめた後に、答えが出てくることがあるのでしょうか。
これは偶然でも神秘でもなく、脳の情報処理の性質として説明できます。意識的な思考が一つの課題に集中しているとき、脳が参照できる情報の範囲はある程度絞られています。ところが意識的な集中を外したとき、脳はその制約から解放され、より広い範囲の記憶や情報を非意識的に関連づけていくのです。

ウォーラスが名付けた「孵化」という段階

この現象を初めて体系的に説明したのは、イギリスの心理学者グレアム・ウォーラス(Graham Wallas)です。ウォーラスは1926年に著書「思考の技術(The Art of Thought)」の中で、創造的思考が4つの段階を経て生まれると論じました。

第1段階は「準備(Preparation)」です。課題に意識的に向き合い、情報を集め、さまざまな角度から考える段階です。
第2段階が「孵化(Incubation)」、つまり意識的な思考を一度手放し、課題から距離を置く時間です。
第3段階が「啓発(Illumination)」、突然ひらめきや洞察が意識に上がってくる瞬間です。
そして第4段階の「検証(Verification)」で、そのひらめきを意識的に評価し、実際に使えるものかどうかを確かめます。

ウォーラスが提唱したこの「孵化」の概念は、その後の認知心理学研究において繰り返し検証されてきました。
2009年に心理学者のウン・ノ・シオ(Ut Na Sio)とトーマス・オルメロッド(Thomas Ormerod)が発表したメタ分析では、過去に行われた79の実験のデータを統合し、孵化期間(意識的な思考を離れる時間)が創造的な問題解決を促進するという効果を確認しています。ただし同じ研究の中で、孵化の効果が現れやすいのは、あらかじめ十分な準備が行われているときだということも示されています。
何も考えずにただ放置するだけでは、ひらめきは生まれにくいのです。

ひらめきが「翌朝」来る理由

孵化の仕組みについて、現在有力とされている説明のひとつが「無意識的な連想処理」です。

意識的に課題に取り組んでいる間、私たちは特定の考え方や情報に注意を集中させています。その集中が特定の解決策へと絞られているとき、一見無関係に見える情報や、遠く離れた記憶との結びつきは生まれにくくなります。これは、集中することのトレードオフとも言えます。

ところが意識的な集中が解かれると、脳はより広い範囲の情報を非意識的に処理し始めます。直接関係のないと思っていた記憶や知識が、課題と予想外の形で結びつくことがあります。これがひらめきとして意識に上がってくるとき、私たちは「突然閃いた」と感じるわけです。

睡眠中もこのプロセスは続きます。睡眠中の脳は決して活動を止めているわけではなく、特にレム睡眠の段階では記憶の統合や再編成が活発に行われることが、複数の研究で明らかになっています。
ドイツのヤン・ボルン(Jan Born)らのグループが2004年に科学誌「Nature」に発表した研究では、数値の変換ルールを発見する課題において、睡眠を取った被験者グループが隠されたパターンを発見する確率が有意に高く、睡眠が記憶の再編成を通じて問題解決を促す可能性を示しています。
眠った翌朝にひらめくという現象には、こうした背景があります。

なお、意識を手放しているときに脳が別の処理を行っているという現象は、「シャワー中にひらめくとき」としても広く経験されています。この現象の神経学的なメカニズム──デフォルトモード・ネットワーク(DMN)の活動とマインドワンダリングの関係──については、別の記事で詳しく取り上げています。

司書として情報を扱っていた頃、同じようなことを繰り返し経験しました。書架で資料を探していてどうしても見つからないとき、一度棚を離れてまったく別の作業をしていると、「そういえばあの棚の端にあったかもしれない」という感覚がふと戻ってくることがありました。意識的に探すことをやめていた間も、脳のどこかで検索が続いていたのかもしれません。

意識と無意識は、どちらが「上」でもない


ここまで見てきたことをもとにすると、意識的な処理と無意識的な処理は対立するものではなく、それぞれ異なる役割を担いながら連携していることがわかります。「潜在意識が95%を支配している」という言い回しは一見すると無意識の力を強調しているように聞こえますが、それは意識的な思考が重要でないという意味ではありません。
ウォーラスの4段階が示すように、ひらめきは準備なしには生まれません。意識的に課題に向き合い、情報を集め、さまざまな角度から考える、その積み重ねがあってはじめて、無意識下の処理が機能する材料になります。

得意な領域が異なるということ

意識的な処理と無意識的な処理は、それぞれ異なる種類の課題に適しています。

意識的な処理が得意とするのは、論理的なステップを一つひとつ確認しながら進む作業です。数学の証明を解く、契約書の内容を精査する、段取りを組んで計画を立てる、といった場面では意識的な処理が欠かせません。この処理には「ワーキングメモリ(作業記憶)」と呼ばれる、情報を一時的に保持しながら操作する機能が中心的に関わっています。
ただしワーキングメモリの容量には限りがあります。1956年に認知心理学者ジョージ・ミラー(George Miller)が発表した論文では、ワーキングメモリに一度に保持できる情報のまとまり(チャンク)はおよそ7±2個であるとされています。

一方、無意識的な処理は、膨大な情報を並列に処理し、パターンを見出し、離れた概念どうしの関連性を見つけることを得意としています。感情の認識、熟練した技能の発揮、長期記憶の参照などはこちらに当たります。特に複雑に絡み合った情報から直感的な判断を行う場面では、意識的な処理だけでは追いつかないことがあります。

どちらが優れているという話ではなく、担う役割が違うというのが実態に近いでしょう。

意識的に考え込むほどうまくいかない場面がある

「考えすぎると逆にうまくいかない」という感覚を持ったことはないでしょうか。

心理学にはこれを説明する概念があります。「チョーキング(choking under pressure)」とは、プレッシャーのかかる状況で過度に意識的な注意を向けることで、本来自動処理で行えていた技能が乱れる現象です。スポーツ心理学の分野では、熟練したアスリートが大事な場面で「自分の動作を意識しすぎた結果」にミスをするという現象として研究されています。

アメリカの心理学者シアン・ベイロック(Sian Beilock)とトーマス・カー(Thomas Carr)は、ゴルフのパッティングを題材にした研究(2001年)で、熟練したゴルファーが自分のスイングの細かい部分に意識を向けるよう指示されると、パフォーマンスが低下することを示しました。逆に、初心者には意識的な注意が必要です。
技能が自動処理へと移行した後は、意識的に介入しすぎることがむしろ邪魔になるのです。

同様の現象は、言葉が思い出せないときにも見られます。「あの人の名前、なんだったっけ」と必死に思い出そうとするほど出てこないのに、考えるのをやめた後にすっと戻ってきた、という経験を持つ方は多いのではないでしょうか。意識的な探索が、無意識下の検索プロセスを妨げている状態と捉えることができます。

意識的な努力が効果を発揮する場面と、意識的な介入を一度手放したほうがうまくいく場面があります。どちらが正しいという話でも、どちらかだけで十分という話でもなく、場面によって役割が変わる、ということです。

意識と無意識のあいだで

こうして見ると、「考えても答えが出ない」と感じたとき、そのまま考え続けることだけが選択肢ではないかもしれません。

十分に考えた後に意識的な思考を手放すことで、脳は別のやり方で処理を続けます。睡眠、散歩、単純な作業。こうした時間は、怠けているのでも逃げているのでもなく、脳にとって別の意味で機能している時間です。

ウォーラスが100年近く前に言葉にした「孵化」という段階が、神経科学の研究によって少しずつ裏づけられてきたように、私たちが感覚的に知っていたあの現象には、それなりの説明がついています。


意識できている領域は、脳が処理していることのすべてではありません。意識と無意識を別々のものとして切り分けて考えるよりも、連携して機能しているひとつの系として捉える方が、実態に近いでしょう。

考えるのをやめた後、脳は止まっていません。
あなたが意識から手を引いた後も、脳はひとりで動き続けています。
見つからなかった探し物も、答えの出せなかったタスクも、資料作成のアイデアも――無意識下で答えを出そう、と。

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