わたしたちが植物を手元に置きたくなるのは、本能だった?

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部屋に観葉植物を置いている人に、なぜ置いているのかを尋ねると、多くの方が「なんとなく落ち着くから」「あると癒される気がして」と答えます。
明確な理由があるというよりも、なんとなくそこに置きたくなる、という感覚です。

この「なんとなく」は、実は長年にわたって科学者たちが真剣に研究してきたテーマです。人間はなぜ植物の近くにいると落ち着くのか。なぜ緑のある空間を好むのか。その答えとして現在もっとも有力とされているのが、「バイオフィリア仮説」と呼ばれる考え方です。

これは単なるインテリアの好みや文化的な習慣の話ではありません。
人類の進化の歴史にまでさかのぼる、もっと根の深い話です。

目次

バイオフィリア仮説──人間に「生命への親しみ」が備わっている理由


バイオフィリア(Biophilia)という言葉は、ギリシャ語の「bios(生命)」と「philia(愛・親しみ)」を組み合わせた造語です。もともとはドイツの哲学者・社会心理学者であるエーリヒ・フロムが、生命あるものに引きつけられる人間の心理的傾向を説明するために用いました。
この概念を生物学・進化論の観点から発展させ、科学的な仮説として確立したのが、ハーバード大学の生物学者エドワード・O・ウィルソンです。ウィルソンは1984年に著書『バイオフィリア(Biophilia)』を刊行し、「人間には他の生命体や自然のシステムとつながりたいという、本能的かつ遺伝的な欲求が備わっている」と主張しました。これがバイオフィリア仮説の出発点です。

その後、環境心理学者のスティーヴン・R・ケラートらがこの仮説を拡張し、人間が自然に対して持つ反応を「実利的関心(食料・資源としての自然への関心)」「審美的関心(美しさとしての自然への感動)」「生態学的関心(生き物の仕組みへの好奇心)」など複数の側面から分類しました。
今日では、建築・都市設計・医療・職場環境など、さまざまな分野でバイオフィリアの考え方が応用されています。

「生命愛」という概念の誕生と、ウィルソンの仮説

ウィルソンが特に着目したのは、人間が意識的に選択しているわけでもないのに、植物や動物、自然の景観に対して感情的な反応を示すという事実です。美しい木々を見て心が落ち着く、公園や庭にいると気持ちが穏やかになる、室内に植物を置きたくなる──これらはすべて、文化的背景や個人差を超えて広く観察される現象です。

ウィルソンはこれを「学習されたものではなく、遺伝的に組み込まれた傾向」として解釈しました。つまり、植物のそばにいると落ち着くという感覚は、個人の性格や育ちによって形成されたものではなく、人類という種に共通して備わった反応だという主張です。

植物への親しみが本能になるまでの、進化の論理

なぜ人間にそのような本能が備わったのかを説明するうえで、よく引用されるのが「サバンナ仮説」です。オリアンズとハーワーゲン(1992年)らが提唱したもので、「人類はアフリカのサバンナで進化したため、サバンナに似た開けた景観や植物を好む傾向がある」という内容です。
ただし、日本人を含む東アジアの人々の祖先は、アフリカを出た後に森林・山岳・沿岸といった異なる環境で何万年もかけて適応してきた歴史があります。「サバンナへの親しみ」がそのまま普遍的に当てはまるかどうかは、科学的にも議論が続いています。

それでも「植物が豊かな場所には水と食料がある」という生存上の有利さは、地域や文化を問わず成立します。緑のある環境を心地よく感じる傾向が、長い歴史のなかで人類に広く備わってきたこと自体は、仮説の細部を超えて支持されている考え方です。

植物を眺めると、脳と体に何が起きているのか


バイオフィリア仮説が「なぜ人間は植物に惹かれるのか」という進化的な背景を説明するものだとすれば、次に問われるのは「では実際に植物を見たとき、私たちの体には何が起きているのか」という部分です。
この領域では、生理的・心理的な測定を用いた実証的な研究が、国内外で積み重ねられています。個々の研究が示す結果は、バイオフィリア仮説の予測と驚くほど一致しています。

ストレスホルモンの変化──千葉大学の実験が示したこと

日本国内で観葉植物のストレス緩和効果を実験的に検証した研究として、千葉大学大学院園芸学研究科の岩崎寛らによる研究(2006年、日本緑化工学会誌第32巻)があります。

実験では、観葉植物が視界に入る机と、植物のない机のそれぞれで、10分間の計算作業(クレペリンテスト)を行ってもらいました。ストレスの指標として用いられたのは、唾液中のコルチゾール濃度です。コルチゾールはストレスにさらされると急激に分泌量が増えることが知られているホルモンで、心理的ストレスの生理的指標として広く使われています。

結果は明確なものでした。作業直後のコルチゾール増加率は、植物が視界に入るグループでは約75%だったのに対し、植物のないグループでは約230%に達しました。さらに作業から20分後には、植物のないグループのコルチゾール増加率は600%近くにまで達しましたが、植物が視界に入っていたグループでは大きな変化は見られませんでした。

この研究が示しているのは、植物を「部屋のどこかに置く」だけでなく、「視界に入る位置に置く」ことで、ストレス反応が大幅に抑制されるということです。同研究では、自分が好きだと感じる植物を選んだ場合に、ストレス緩和の効果がより高く出ることも報告されており、植物の選び方そのものにも意味があることが示唆されています。

病院の窓から見えた木──ウルリヒの研究が変えた医療環境

植物や自然が人間の回復力に影響を与えることを示した研究として、環境心理学者ロジャー・ウルリヒによる1984年の研究は、今も頻繁に引用されます。この研究はアメリカの科学誌『サイエンス(Science)』に掲載され、医療・建築・環境心理学の分野に広く知られることになりました。

ウルリヒは、同じ術後条件の患者たちを2つのグループに分け、一方は窓から木が見える病室に、もう一方はレンガの壁しか見えない病室に割り当てました。その後の経過を比較すると、窓から木が見えていたグループの患者は、そうでないグループと比べて、入院期間が短く、鎮痛剤の使用量も少なく、医療スタッフへの否定的なコメントも少ないという結果が得られました。

手術という大きなストレス状況下でも、自然の景色を眺めることが回復に寄与するという、非常に明確な結果です。この研究を契機に、医療環境における自然の取り入れ方が見直されるようになり、病院の設計に緑や自然光を組み込む動きが世界的に広がっていきました。

注意回復理論──カプランが説明する「疲れた脳」の回復メカニズム

植物を見ることがなぜ疲労を軽減するのかについて、心理学的な説明を提供しているのが、レイチェル・カプランとスティーブン・カプランによる「注意回復理論(Attention Restoration Theory、ART)」です。1989年に著書『The Experience of Nature』のなかで提唱されました。

カプランらは、人間の注意には大きく2種類あると考えます。ひとつは「方向性注意(Directed Attention)」と呼ばれるもので、仕事や勉強のように、意識的に集中しなければならない状況で使われる注意です。これは使い続けると疲弊し、集中力の低下や判断力の衰えにつながります。もうひとつは「不随意的注意(Involuntary Attention)」と呼ばれるもので、揺れる葉、流れる水、複雑な葉の模様など、努力なしに自然と意識が引きつけられる状況で働く注意です。カプランらはこれを「ソフト・ファシネーション(Soft Fascination)」とも表現しています。

植物を眺めるとき、私たちの脳は不随意的注意を使っています。意識的に頑張る必要がなく、自然に視線や関心が向かう状態です。この間、方向性注意は使われないため、休息・回復する時間が生まれます。これがカプランらの言う「回復的環境(Restorative Environment)」の概念であり、自然の持つ疲労回復効果のメカニズムです。

室内の観葉植物も、小規模ながらこの回復的環境として機能するとされています。デスクの隅に植物を置くことで、作業の合間に不随意的注意が植物へと向かい、方向性注意が休む時間が短いながらも生まれる。それが積み重なることで、長時間作業による疲弊感の軽減につながると考えられています。

「眺める」だけではない──植物を育てることの心理的な効果


観葉植物と人間の関係は、「眺める」だけにとどまりません。水やりをする、葉の状態を確認する、枯れた部分を取り除く、新しい芽が出るのを観察する──こうした「育てる」という行為そのものにも、独自の心理的な効果があることがわかってきています。眺めることの効果が視覚を介した受け身の体験だとすれば、育てることの効果は関わりを通じた能動的な体験から生まれます。

植物の世話をするという、マインドフルネス的な時間

植物の世話をするとき、私たちは基本的に「今この瞬間」に集中しています。土の乾き具合を指で確認し、葉の色や張りをよく見て、水を注ぐ量を加減する。これらの行為はすべて、今の植物の状態に注意を向けることを自然と求めます。

この状態は、心理学で言う「マインドフルネス(Mindfulness)」と構造的に近いものです。マインドフルネスは、過去への後悔や未来への不安から意識を切り離し、現在の体験に注意を向けることを意図的に実践するものですが、植物の世話という行為は、とくに意識しなくても自然とそのような状態を作り出す側面があります。

アメリカ園芸療法協会(American Horticultural Therapy Association、AHTA)は、植物を使った療法的活動を「園芸療法(Horticultural Therapy)」として体系化しており、気分の安定、不安の軽減、自己効力感の向上などに効果があることが、多くの臨床・実証研究によって報告されています。日本でも1990年代以降、医療・福祉の現場での応用が広がり、現在は日本園芸療法学会が専門資格制度を整備し、病院や高齢者施設での活用が進んでいます。

成長を見届けることが、私たちにもたらすもの

植物を育てていると、ある日突然、新しい葉が出ていることに気づきます。しばらく前まで固かった芽が、気がつけば大きく開いている。根が鉢いっぱいに広がって、植え替えが必要になる。これらの変化は、日々の世話を続けた結果として生まれるものです。

自分の行動が何かの成長に直接結びついているという感覚は、心理学で「自己効力感(Self-Efficacy)」と呼ばれるものを育てます。カナダの心理学者アルバート・バンデューラが提唱したこの概念は、「自分はある状況においてうまくやれる」という感覚のことです。植物を枯らさずに育て続けることができた、新しい葉が出てきた、という経験の積み重ねが、この感覚を少しずつ強めていきます。
大きな達成感を必要とせず、毎日の小さな観察と世話のなかで積み上がっていくものがある──それが植物を育てることの、地味ですが確かな側面です。

バイオフィリア仮説が、今の時代に重要な理由


バイオフィリア仮説が提唱されたのは1984年ですが、その内容が今日的な切実さを持つのは、私たちの生活環境が急速に自然から離れてきたこととは切り離せません。

国連の推計によれば、世界人口に占める都市居住者の割合は2050年までに68%に達すると見込まれています(UN World Urbanization Prospects 2018)。日本でも都市部への人口集中は続いており、多くの人が一日の大半を屋内で過ごしています。コンクリートとガラスに囲まれた空間で、画面に向かう時間が長くなればなるほど、バイオフィリアの欲求──自然や生命とつながりたいという本能的な感覚──は満たされにくくなります。

Han et al.(2022年)が国際環境研究・公衆衛生誌(International Journal of Environmental Research and Public Health)に発表したシステマティックレビューとメタ分析では、室内植物が人間の生理的機能・認知的機能・健康関連機能に与える影響を包括的に検討しています。これは観葉植物の効果に関する初めてのメタ分析として位置づけられており、複数の研究を統合することで、個々の研究よりも信頼性の高い知見を引き出しています。

バイオフィリアの視点から見れば、観葉植物は自然とつながりたいという本能的欲求を日常のなかで手軽に満たす手段です。大きな自然に出かけることが難しい日々のなかで、デスクのそばに一鉢の植物を置くことは、進化的な意味で言えば「自分が本来いるべき環境に少しだけ近づける」行為でもあります。

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植物のそばにいるとき、わたしたちは何かを取り戻している


ここまで見てきたように、観葉植物がもたらす効果は、個人の感性や好みの問題だけではありません。進化の過程で形成された本能的な欲求があり、それが生理的・心理的な反応として測定可能な形で現れています。
コルチゾールの変化、術後の回復の速さ、注意の回復──科学は、私たちが「なんとなく」感じていたことに、少しずつ根拠をつけてきました。

とはいえ、バイオフィリアの話を知ったから植物が好きになるわけでも、知らなかったから植物に関心がないわけでもありません。水やりをしながら余計なことを考えなくなった時間も、デスクの植物にふと視線が向かって少し息がつけた感覚も、実際に体験した人にとってはすでに確かなものです。科学はそこに名前をつけ、説明を与えてくれますが、感覚そのものは先にありました。

長い時間をかけて都市という環境をつくり上げてきた人間が、それでも緑のある空間を求め続けているのは、バイオフィリア仮説の言葉を借りれば「遺伝子レベルで組み込まれた欲求」のためです。ただし、そう言葉にしてしまうと、どこか大げさに聞こえるかもしれません。

もう少し素直な言い方をするなら、こうなるかもしれません。
植物のそばにいるとき、私たちはずっと昔から続いてきた何かを、静かに取り戻しているのだと。

部屋に一鉢の植物を置くとき、それはただのインテリアの選択ではなく、自分の中にある古い感覚に応えることでもあります。どんな植物を選ぶかは、あなた自身の感覚を信じてかまいません。

好きだと感じるものを選ぶことが、効果をより高めるという研究もあるのですから。

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