感情をうまく言葉にできないのはなぜか──心理学と脳科学から読み解く”言語化”の仕組み

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「なんとなくモヤモヤしているけれど、それが何なのかうまく言えない」
「気持ちを伝えたいのに、ちょうどいい言葉が出てこない」

こうした経験に心当たりありませんか?

感情を言葉にできないとき、私たちはつい「自分は話すのが下手なんだ」「語彙力が足りないのかもしれない」と考えてしまいがちです。ですが、話の上手さや語彙の多さだけで片づけられるほど、この現象は単純ではありません。
感情がうまく言葉にならない背景には、脳が感情を処理する仕組みや、その人がたどってきた経験、情報の受け取り方の傾向など、いくつもの要因が関わっています。

この記事では、「言葉にできない」とき私たちの脳のなかで何が起きているのかを出発点に、言語化を難しくしている心理的な背景をひもとき、そのうえで言葉にする力を少しずつ育てていくための方法を、研究知見をもとにたどっていきます。

目次

「言葉にできない」とき、脳のなかで何が起きているのか


感情を言葉にするという行為は、一見すると単純なことのように思えます。悲しいから「悲しい」と言う、嬉しいから「嬉しい」と言う。それだけのことに見えるかもしれません。
しかし実際には、感情を言語に変換するまでのあいだに、脳のなかでは複数の領域がやりとりをしており、そのプロセスは私たちが想像するよりも複雑です。

感情が生まれる場所と、言葉がつくられる場所は異なる

感情の発生に深く関わっているのは、脳の深部にある扁桃体(へんとうたい)と呼ばれる部位です。扁桃体は外部からの刺激に素早く反応し、恐怖や不安、怒りといった感情的な反応を生み出します。この反応は非常に速く、意識よりも先に体が動いてしまうような場面にも関わっています。
たとえば、突然大きな音がしたときに体がびくっとするのは、扁桃体が意識に先立って「危険かもしれない」と判断しているためです。

一方、言葉をつくり出す機能を担っているのは、大脳皮質の前頭前野やブローカ野といった領域です。思考を組み立てたり、適切な語句を選んだりする役割を果たしています。

ここで重要なのは、感情が生まれる場所と、それを言葉にする場所は、脳のなかで物理的に離れた別の領域だということです。感情を言語化するためには、扁桃体で生じた反応を前頭前野が受け取り、意味づけし、対応する言葉を探し出すという「変換」のプロセスが必要になります。この変換がスムーズに進まないとき、私たちは「気持ちはあるのに、言葉が出てこない」という状態に陥ります。

感情に名前をつけると、脳の反応そのものが変わる

興味深いことに、感情を言葉にする行為そのものが、脳に直接的な影響を与えることがわかっています。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の心理学者マシュー・リーバーマンらが2007年に発表した研究では、被験者にネガティブな感情を引き起こす画像を見せながら、そのときの感情にラベル(名前)をつけてもらうという実験が行われました。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)で脳の活動を観察したところ、感情にラベルをつけた場合には、扁桃体の活動が有意に低下することが確認されています。

この結果は、感情に名前をつけるという行為が、単なる「表現」や「伝達」にとどまらず、感情の強度そのものを和らげる調整の役割を果たしていることを示唆しています。つまり、言葉にすることは、誰かに気持ちを伝えるための手段であると同時に、自分自身の内面を落ち着かせるための手段でもあるということです。

ここまでの話を踏まえると、「言葉にできない」という状態が、たんなる語彙不足の問題ではないことが見えてきます。では、この変換のプロセスを難しくしている要因には、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。

感情と言葉のあいだを遮るもの


感情がうまく言葉にならない背景には、脳の仕組みだけでなく、心理的・認知的な要因も関わっています。それは一つの原因に集約できるものではなく、いくつかの傾向が複合的に作用していることがほとんどです。ここでは、言語化を難しくしている代表的な背景を取り上げます。

感情をとらえる「解像度」は人によって違う

同じように悲しい出来事に直面しても、それを「悲しい」とだけ感じる人と、「悔しいような、寂しいような、どこか虚しい気持ち」と細かく感じ分けられる人がいます。この違いは、心理学では「感情粒度(emotional granularity)」と呼ばれています。

ノースイースタン大学の心理学者リサ・フェルドマン・バレットらの研究によれば、感情を細かく区別できる人ほど、感情のコントロールが上手い傾向にあることが報告されています。反対に、感情粒度が低い場合、つまりさまざまな感情を大まかにしか捉えられない場合には、「なんだかつらい」「モヤモヤする」という漠然とした感覚にとどまりやすく、そこから言葉にすること自体が難しくなります。

ただし、感情粒度は生まれつき固定されたものではありません。感情に関する語彙を増やしたり、自分の気持ちに意識を向ける習慣をつけたりすることで、あとからでも育てていくことができます。

感情を認識すること自体が難しい場合もある

感情をうまく言葉にできないという悩みの手前に、「そもそも自分が何を感じているのかがわからない」という段階がある場合もあります。

1973年、精神科医ピーター・シフネオスは、自分の感情を認識したり、それを言葉で描写したりすることが著しく困難な傾向を「アレキシサイミア(alexithymia/失感情症)」と名づけました。これは精神疾患ではなく、性格特性の一つとして位置づけられています。「感情がないわけではないけれど、それが何であるかがわからない」「心のつらさが、なぜか体の不調としてだけ表に出る」といった状態がその特徴です。

アレキシサイミアの傾向がある人は、一般人口の約10%にのぼるとする報告もあります。決して珍しいものではなく、程度の差はあれ、多くの人に部分的にあてはまりうる特性です。「自分は感じる力が弱い」と思い込んでしまう人のなかに、実は感情を認識する回路が少し違うだけ、という方も少なくないのかもしれません。

「言葉にしてはいけない」と学んでしまった経験

感情を言葉にする力は、本来ならば幼少期からの対人関係のなかで自然と育まれていくものです。しかし、過去に自分の気持ちを口にして否定されたり、無視されたり、からかわれたりした経験があると、感情を外に出すことそのものにブレーキがかかるようになることがあります。

「泣くな」「怒るな」「そんなことで落ち込むな」といった言葉を繰り返し受けてきた人は、感情を表現すること自体が「よくないこと」として学習されてしまっている可能性があります。大人になってからも、「こう言ったら重く受け取られるかもしれない」「感情的だと思われたくない」という自己検閲が無意識のうちに働き、言葉にする前に抑え込んでしまうのです。

これは本人の性格というよりも、環境のなかでつくられた反応のパターンと言えます。

感覚で世界をとらえるタイプの人にとっての言語化

人によって、情報を処理するときに優位に働くチャンネルは異なります。言語で物事を考えるのが得意な人もいれば、視覚的なイメージや身体の感覚で捉えるほうが自然な人もいます。

後者のタイプの人にとっては、感情はまず「胸のあたりがざわざわする」「なんとなく体が重い」といった身体的な感覚として体験されることがあります。言葉ではなく、色や温度や質感のようなかたちで感じているため、それを言語に変換するには、もうひとつ余分なステップが必要になります。

感覚的に豊かであることと、言語化が得意であることは、必ずしもイコールではありません。むしろ、感じる力が繊細であるからこそ、そこに言葉が追いつかないという場合もあるのです。

感情を言葉にできると、何が変わるのか


ここまで、言語化が難しくなる背景を見てきました。では、感情をうまく言葉にできるようになったとき、日常のなかにはどのような変化が生まれるのでしょうか。このセクションでは、言語化がもたらす具体的な効果を、研究知見を交えながら見ていきます。

自分の感情の輪郭がはっきりし、扱いやすくなる

「なんだかしんどい」と感じているとき、その「しんどさ」の正体が「職場の人間関係への疲れ」なのか、「将来への漠然とした不安」なのかによって、必要な対処はまったく変わってきます。感情を言葉にすることで、曖昧だった感覚に輪郭が生まれ、「では自分はどうしたいのか」を考える足がかりができます。

先ほど紹介したバレットの研究でも、感情粒度が高い人、つまり自分の感情を細かく識別して名前をつけられる人ほど、感情の調整がうまくいく傾向があることが報告されています。言葉にできるということは、感情を「巻き込まれるもの」から「観察できる対象」に変えるということでもあります。

人との関係のなかで起きる変化

「なんで怒っているの?」と聞かれて、「別に怒ってない」と答えてしまう。本当は悲しいのに、それをうまく伝えられず、相手との間に微妙なずれが生まれる。こうした場面に覚えのある方もいるのではないでしょうか。

感情を適切に言葉にできると、こうしたすれ違いが減りやすくなります。「あのとき少し悲しかった」「期待していた分、がっかりしたんだと思う」と自分の気持ちを言葉で差し出すことができると、相手もそれを受け取りやすくなります。感情の言語化は、自分の内面を守りながら、相手とのあいだに橋を架ける方法でもあるのです。

書くことが心と体を軽くする

テキサス大学オースティン校の心理学者ジェームズ・ペネベーカーは、1980年代から「筆記開示法(expressive writing)」と呼ばれる手法の研究を続けてきました。その内容は、つらかった体験や感情について1日15〜20分間、数日にわたって書き続けるというシンプルなものです。

一連の研究では、この筆記開示を行ったグループは、行わなかったグループに比べて心理的な苦痛が軽減されただけでなく、免疫機能の指標にも改善が見られたと報告されています。感情を書き出すという行為が、心だけでなく体にまで影響を及ぼしうるという点は注目に値します。

もちろん、書いたからといってすべてが解決するわけではありません。ですが、頭のなかでぐるぐると回り続けていた感情を一度外に出すことで、少し距離をとって眺められるようになるという感覚は、多くの人が経験的に知っているのではないでしょうか。

言葉にする力を育てるための4つのアプローチ


感情を言葉にする力は、特別な才能ではなく、日々の暮らしのなかで少しずつ育てていけるものです。ここでは、これまで紹介してきた研究知見にもとづいて、取り組みやすい方法を4つ取り上げます。どれも特別な道具や準備は必要ありません。自分に合いそうなものから試してみてください。

感情の語彙を広げる

感情を言葉にしようとしたとき、「嬉しい」「悲しい」「腹が立つ」くらいしか選択肢が浮かばないと、自分の気持ちにぴったり合う表現を見つけるのは難しくなります。まずは、感情を表す言葉の引き出しを増やすところから始めてみるのも一つの方法です。

参考になるのが、アメリカの心理学者ロバート・プルチックが1980年に提唱した「感情の輪(Wheel of Emotions)」というモデルです。これは、喜び・信頼・恐れ・驚き・悲しみ・嫌悪・怒り・期待という8つの基本感情を中心に、それぞれの強弱や組み合わせによって多様な感情を体系的に示したものです。

たとえば、「悲しい」という感情ひとつをとっても、「切ない」「虚しい」「やるせない」「惜しい」といったさまざまな濃淡があります。ふだんから「今の気持ちに一番近い言葉はどれだろう」と意識してみるだけで、感情をとらえる解像度は少しずつ上がっていきます。


私が司書として働いていたときのことになるのですが、今でこそ検索エンジン(BingやYahoo、Googleなど)は性能が上がっており、多少あいまいな言葉でも欲しい情報を引っ張ってきてくれますが、当時は検索語の選び方ひとつで結果がまったく変わりました。何を知りたいのかをしっかりと言葉にして、最も欲しい情報が引っかかるように工夫する必要があったのです。
感情の言語化にも、似たところがあるように思います。気持ちを汲み取って補ってくれる便利な検索エンジンがないからこそ、自分の感情にぴったりの言葉を見つけに行く力が、そのまま自分自身を理解する力につながっていくのではないでしょうか。

感情にラベルを貼る習慣をつける

先に紹介したリーバーマンの研究が示すように、感情に名前をつけるだけで脳の反応が変わることがわかっています。これを日常のなかに取り入れるのが、「情動ラベリング」と呼ばれる方法です。

やり方はとてもシンプルです。自分のなかで感情が動いたと感じたら、「これは焦りだ」「少しほっとしている」というように、心のなかで短い言葉を添えてみてください。正確でなくてかまいません。「たぶんこれは不安だと思う」くらいのあいまいさで十分です。

大切なのは、感情をただ感じっぱなしにするのではなく、一瞬でも立ち止まって名前をつけてみるという習慣そのものです。最初はぎこちなく感じるかもしれませんが、続けているうちに、「あ、今自分はこう感じているんだな」と気づく力が少しずつ育っていきます。

書いて外に出す

ペネベーカーの筆記開示法をヒントにした方法です。1日のうち10分でも15分でも、そのとき感じていることや、最近心に残っている出来事について自由に書いてみます。日記のような形式でもいいですし、メモ帳にとりとめなく書き散らすかたちでもかまいません。

このとき意識したいのは、「きちんと書こう」としないことです。文法や構成を気にする必要はありませんし、誰かに見せる前提で書く必要もありません。頭のなかにあるものを、そのまま文字として出してみる。それだけで、言葉にならなかった感情が少しずつかたちを持ち始めます。

「うまく書けなかった」と思っても、それは失敗ではありません。今の自分にとっての正直な表現がそれだったということです。書く行為そのものが、感情と言葉をつなぐ練習になっています。

物語を通じて感情を観察する

小説を読んだり、映画やドラマを観たりしているとき、登場人物の感情に引き込まれた経験はありませんでしょうか。フィクションには、自分が日常ではあまり出会わない感情を疑似体験させてくれるという側面があります。

「この人はなぜ怒っているのだろう」「あの場面で感じていたのは悲しみだろうか、それとも諦めのような気持ちだろうか」と、登場人物の心情を想像し、自分なりの言葉を当ててみる。こうした観察を繰り返すことで、感情を表現するための語彙や視点が自然と広がっていきます。

自分自身の感情を直接言葉にするのはハードルが高いと感じる方にとっても、物語のなかの感情であれば少し距離を置いて眺めることができます。その距離感があるからこそ、無理なく取り組める練習になります。

まだ言葉にならなくても、感じていないわけではない


感情をうまく言葉にできないとき、「伝えられない自分に何か問題があるのではないか」と感じてしまうことがあるかもしれません。

しかし、ここまで見てきたように、言語化の難しさには脳の構造的な仕組みが関わっています。それだけでなく、これまでに積み重ねてきた経験や、情報を受け取るときの個人差も深く影響しています。言葉にできないことには、それだけの理由があるのです。

そして、言葉にできないことと、感じていないこととは、まったく別のことです。言葉がまだ追いついていないだけで、そこにある感情は確かに自分のものです。

感情を言葉にする力は、一度の努力で手に入るものではなく、日々のなかで少しずつ育てていくものです。今日感じた小さな気持ちに、ひとつだけ名前をつけてみる。書き出してみる。物語のなかに、自分と似た感情を見つけてみる。そうした小さな積み重ねのひとつひとつが、やがて自分自身への理解を深め、誰かに気持ちを伝えるための力になっていくのです。

言葉にならない感情を抱えたまま過ごす時間は、決して無駄な時間ではありません。それは、自分のなかにあるものに気づこうとしている、その途中の時間です。

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