読書において、紙と画面とで脳への届き方はどう違うのか?

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本を読んでいて、内容が頭に残っていなかった、という経験はありませんか?
読み終わって、あらすじを誰かに話そうとしたとき、細かい部分がぼんやりしている。
読んでいるはずなのに、何かが抜けているような感覚があった。

「集中できていなかったのかな?」と思いたくなりますが、もしその読書が画面の上だったとしたら、話は少し違ってくるかもしれません。

電子書籍か、紙の本か。

この問いはたいてい利便性の話として語られます。
「持ち運べる」「場所を取らない」「すぐ買える」。
それはすべて本当のことです。

でも、読んだ内容が脳にどう届くか、という観点で見ると、媒体の違いはもう少し深いところで作用しています。

この記事では、ノルウェーのスタヴァンゲル大学、アン・マンゲン教授らの研究を軸に、紙と画面それぞれの脳への届き方をたどります。どちらかを「正解」と断じるためではなく、自分の読書の中で何が起きているのかを知るための手がかりとして、一緒に考えてみましょう。

目次

「どちらが正解か」という問いを、いったん保留する


電子書籍と紙の本を比べる記事はたくさんあります。そのほとんどは「どちらが優れているか」を結論として出そうとしているのではないでしょうか。電子書籍を推す立場は利便性を、紙の本を推す立場は読書体験の質を根拠にします。どちらも、言っていること自体は正しいです。

ただ、「どちらが良いか」という問いは、答えを出しにくいものです。
何のために読むのか、どんな内容を読むのか、どんな状況で読むのか。
これらによって「良い」の中身は変わります。一つの媒体がすべての読書に最適であることはおそらくなく、私たちはすでに無意識にそのことを知っています。だからこそ、両方を使い分けている人も多いはずです。

この記事で見ていこうとしているのは、その少し手前のことです。紙と画面という媒体の違いが、脳の中でどう処理されているのか。読んだ内容がどのように記憶されるのか。
そのメカニズムを知ったうえで読書スタイルを選ぶほうが、自分にとっての答えとして筋が通ると思っています。

紙の本を読む脳では、何が起きているのか


まずは、紙の本について見ていきます。
紙の本を読むとき、私たちは文字だけを追っているわけではありません。手に感じる重さ、紙の感触、残りのページが薄くなっていく感覚。そういった身体的な情報が、読書という行為全体を構成しています。

それが記憶にどう関係するのかを、正面から研究したのがアン・マンゲン教授らのチームでした。

マンゲン教授たちの実験が示したこと

2013年、スタヴァンゲル大学のアン・マンゲン教授らは、「Reading and Writing誌」に一つの比較実験を発表しました。

対象はノルウェーの高校生72名です。全員が同じ短編テキストを読みましたが、半数は印刷された紙の冊子で、残りの半数はコンピュータの画面上で読みました。
読み終えたあと、出来事を時系列に並べ直す問題と、内容理解を問う問題の、二種類のテストが行われました。

結果として、紙で読んだグループの方が、時系列の再構成において高いスコアを示しました。ストーリーの流れを正しく把握しているかどうか、という点で、紙グループが画面グループを上回ったのです。

マンゲン教授らが着目したのは「空間的手がかり(spatial cues)」という概念です。紙の本を読むとき、私たちは無意識のうちに位置情報を記憶しています。
「このシーンは右ページの上の方にあった」「残りのページがだいぶ薄くなっていたから、終盤に近いところだった」。
こうした触覚的・空間的な手がかりが、ストーリーの構造を頭の中で組み立てる補助をしている可能性があると、研究チームは論じました。

この実験は72名という小規模なサンプルで、特定の年齢層と特定の読み物を対象にしたものです。すべての読書状況にそのまま当てはめることには慎重であるべきです。
ただ、「媒体の物理的な性質が、認知の処理に影響を与えうる」という方向性は、後続の研究でも繰り返し検討されており、現在も議論が続いているテーマです。

「ここを読んでいた」という感覚の正体

ページをめくりながら読み進めるとき、私たちは左右・上下・表裏という三次元の空間の中に本を置いています。縦読みの本であれば、読み終わったページは手の右に積まれ、未読のページは左に残ります。この物理的な変化が、「どこまで読んだか」「あの場面はどのあたりにあったか」という感覚を作り出します。

これは、空間記憶に関わる認知の仕組みです。私たちの脳は、場所と記憶を結びつけることを得意としています。
「どこで」という情報が伴うと、「何を」という記憶が引き出されやすくなる。紙の本が持つ物理的な構造は、この仕組みと自然に合致しています。

マンゲン教授たちの研究が興味深いのは、単に「紙の方が集中できる」という主観的な話をしているのではない点です。脳が何を手がかりにして記憶を組み立てるか、というメカニズムの話をしています。そこから見ると、紙という媒体が持つ意味が、利便性とは別の軸で浮かび上がってきます。

画面で読む脳では、何が起きているのか


では、電子書籍で読む場合はどうでしょうか。紙と比べて「劣っている」のかというと、そう単純な話ではありません。電子書籍には、紙では実現できないことがあるのも事実です。

電子書籍の強みそのものは本物である

電子書籍の便利さは、単なる「時代の流れ」ではなく、機能として合理的な根拠があります。

どこでも読めるという特性は、移動中や隙間時間の読書を実質的に可能にします。
数百冊を一台の端末に収められるという事実は、スペースや重さという物理的な制約を解消します。文字サイズを変えられる、辞書をすぐに引ける、本文内を検索できる。こうした機能は、特に学習目的や調べ読みにおいては紙にはない強みです。

目への負担という観点でも、誤解されていることがあります。電子書籍リーダーの多くはE-inkディスプレイを採用しており、バックライトを持たない(または抑えた)設計になっています。スマートフォンやタブレットで読む場合とは条件が異なり、専用端末であれば長時間の読書でも目への影響は比較的小さいとされています。
「電子書籍は目が疲れる」という感覚は、デバイスの種類によって大きく変わるものです。

スクロールが削ぎ落とすもの

一方で、電子書籍には紙にはない認知上の特徴があります。

最も大きな違いの一つが、位置情報の乏しさです。電子書籍では、読んでいる位置はパーセント表示や数字のページ数として示されますが、物理的な手ごたえとしては伝わってきません。ページをめくっても、手に積み重なるものがなく、残りのページの厚みも変わりません。

マンゲン教授たちの研究が示唆するのは、この手ごたえの欠如が、ストーリーの構造を頭の中に組み立てることを難しくする可能性があるということです。長い物語や、順序のある論述を記憶しようとするとき、空間的な手がかりが少ない電子書籍は、記憶の定着という点で不利な条件になりえます。

加えて、スマートフォンやタブレットで読む場合には、通知や他のアプリという割り込みが常に隣にあります。読書の没入状態は、たった一度の通知で崩れることがあります。電子書籍専用端末であればこの問題は小さくなりますが、それでも画面という媒体が持つ「流し読み」の習慣は、意識的に切り替えなければ持ち込まれやすいと研究者たちは指摘しています。

もう一つ、興味深い仮説にも触れておきます。シャローイング・ヒポセシス(浅読み仮説)と呼ばれる現象です。画面での読書に慣れると、スクロールしながら要点をつかむ「浅い読み」のモードが習慣化し、紙の本を読む際にもそのモードが持ち込まれてしまうという仮説です。これはまだ研究途上の議論ですが、「デジタルで読む」という行為がもたらす認知上の変化を考えるうえで、見過ごせない論点になっています。

読む目的によって、媒体の向き・不向きが変わる


紙と画面、それぞれの特性が見えてきたところで、「ではどう使い分けるか」という話に移ります。ただ、ここでも「こういう本は紙、こういう本は電子書籍」と一律に決めることはできません。読む目的や状況によって、最適な媒体は変わります。

記憶に残したいなら、紙に分がある

マンゲン教授たちの研究が示唆するように、内容を記憶に定着させたい場合、紙の本の方が有利な条件を持っています。

これが特に意味を持つのは、順序のある物語を読む場合と、論述の流れを追いながら理解を深めていく場合です。
小説のように、出来事の積み重ねがストーリーを作るテキストでは、「どの場面がどこにあったか」という空間的な記憶が、内容の把握を支えています。また、哲学書や思想書のように、前の章の論旨を踏まえながら読み進めるタイプの本も、位置情報を伴う読書の方が理解の助けになることがあります。

勉強のための読書にも同じことが言えます。試験対策や資格の勉強で参考書を読む場合、「あのページの右上に書いてあった」という空間的な記憶が引き出しのきっかけになることがあります。記憶と場所が結びつきやすい脳の特性を活かすなら、紙の本の方が自然に合っています。

検索・参照・隙間読みには、電子書籍が合っている

逆に、電子書籍が力を発揮するのはどんな場面でしょうか。

調べ読みやリファレンス用途では、電子書籍の検索機能が大きな強みになります。「あの記述がどこにあったか」を探すとき、紙ではパラパラとめくる必要がありますが、電子書籍ではキーワード検索で一瞬です。複数の本を横断して調べたい場合も、電子書籍の方が圧倒的に効率が良いです。

雑誌やエッセイのように、順序を問わずどこからでも読めるテキストも、電子書籍向きです。流れを記憶する必要がなく、読んで楽しめればよい、というタイプの読み物は、端末の利便性の方が読書体験を左右します。

また、通勤中や待ち時間のような、まとまった集中時間が取れない状況での読書も、電子書籍に向いています。そういう場面では、かさばる本を何冊も持ち歩くより、端末一台で複数の本にアクセスできる方が、読書を続けやすい環境になります。

媒体が変われば、読書の「質感」も変わる


ここまで、脳の処理という観点から紙と画面の違いを見てきました。ただ、読書体験を語るとき、認知科学の話だけでは拾いきれないものがあります。

「読んでいる」という感覚の違い

紙の本を読んでいるとき、多くの人が感じるのは「ここにいる」という感覚です。本という物理的なオブジェクトを手に持ち、ページが積み重なるという身体的なフィードバックを受けながら読む。読み終えたときに手元に残る一冊の重みは、読んだという事実を物理的に証明してくれます。

電子書籍で読み終えたときは、その感覚はやや違います。端末の中に本が増えた、という記録は残りますが、手に感じる変化はありません。この差は些細なことのように見えて、読書の満足感や達成感という点で、じわりと効いてくることがあります。

「本を選ぶ」という体験の差

読む前のことについても触れておきます。
電子書籍では、欲しい本を検索してワンタップで手に入れることができます。この手軽さは明確な強みですが、同時に、自分の趣味・嗜好の枠の中だけで本を選ぶことになりやすい側面があります。レコメンドは過去の購入履歴をもとに動いており、自分がすでに知っているものとの距離が近い本が提示されます。

紙の本が並ぶ書棚の前に立つとき、そこには全く別の論理があります。
隣の棚に思いがけない本がある。通りがかりに目に入ったタイトルが、なぜか気になる。司書や書店の方がそっとコーナーを作っていた本が、自分の悩みにぴたりと当てはまる言葉を持っていた。

こうした「意図せぬ出会い」は、電子書籍の画面の上では起きないものです。
本屋や図書館が、今もなくならない理由の一つはここにあると思っています。

本棚の前で感じたこと──司書として、一読者として


司書の経験がある者として、「電子書籍と紙の本、どっちで読んだらいいか」という問いに向き合うとき、私はいつも少し立ち止まります。なぜなら、答えが「何のために読むか」によって変わることを、身をもって知っているからです。

勉強や試験対策のために読むなら、「紙の方が記憶に残りやすいかもしれない」と思います。移動が多くて荷物を増やしたくないなら、「電子書籍の方が現実的」とも感じます。

でも、この問いを考えるとき、いつも思い出すことがあります。本棚の前に立っている人の姿です。
目的の本を探しているわけでもなく、ただ背表紙を目で追いながら、棚の前にいる。そういう人が、意外にも多かった記憶があります。
その方たちが求めていたのは、効率的な読書法ではなく、本に囲まれるという体験そのもの、棚の前に立つという時間そのものを、必要としていたのかもしれないなと。

マンゲン教授たちの研究は、紙の本の「空間的手がかり」が記憶の定着を助けることを示しました。でも、本という物理的な存在が人に与えるものは、記憶への影響だけではないとも感じています。手に持つ重さ、ページをめくる動作、本棚に並べる行為。これらはすべて、「自分が何かを読んだ」という経験を、身体のレベルで刻む行為です。

だからといって、電子書籍が劣っているとは思いません。私自身、移動中は電子書籍を使いますし、絶版になった本が電子でしか手に入らないこともあります。どちらも「読む」という行為の入口です。

ただ、一つだけ確かに感じていることがあります。本棚の前に立って、背表紙を目で追っているとき、人は意外なほど正直になります。「なんとなくこれが気になる」という感覚は、検索窓の前では出てきにくい。その感覚を信じることが、読書の一番の出発点かもしれない、と今でも思っています。

まとめにかえて──読む媒体を選ぶことは、読み方を選ぶこと

紙と画面。
どちらが優れているかという問いに、一つの正解を出すことはできません。
でも、それぞれの媒体が脳に対して異なる働きかけをしているということは、マンゲン教授たちの研究が明確に示しています。

紙の本は、ページの位置や手の感触という物理的な手がかりを通じて、脳の記憶システムと接続しやすい媒体です。物語の流れや論述の構造を頭の中に組み立てたいとき、その手がかりは静かに作用します。

電子書籍は、検索・携帯性・即時アクセスという点で、紙には替えられない強みを持っています。目的を持った調べ読みや、移動中の読書においては、電子書籍の方が読書そのものを続けやすい環境を作ります。

どちらの媒体を選ぶかは、最終的には「何のために読むか」に帰ってきます。
記憶に残したい本を読むときは、紙を手に取る。
移動中や参照目的には、電子書籍を使う。
そういった選択の積み重ねが、長い目で見たときの読書の質を作っていくのかもしれません。

大切なのは、媒体を無意識に選ぶのではなく、少し意識的に選ぶことだと思っています。
「今日はじっくり読みたい」と感じたときは、電子書籍ではなく紙の本を手に取る。
目的に応じて媒体を選ぶというその小さな選択が、読書体験を変えることだけは間違いありません。

ただ、どんな媒体で読むにしても、本を開こうとするその気持ちは同じものです。
忙しい現代社会だからこそ、結局のところ紙であろうと画面であろうと難しいことは考えず、活字を読むことのほうがもしかしたらずっと価値があるのかもしれません。

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