遠くの記憶– tag –
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スピリチュアルは電磁波を用いることで科学的に説明できる日が来るのではないか?
わたしのなかの遠い場所
スピリチュアルと言われる現象の多くは、まだ科学で扱いきれていない領域に置かれています。あるいは、科学的に見えても、都合の良い科学をあてがっただけで一切の本質を捉えきれていないものもあるかもしれません。しかし、世界の成り立ちを見ていくと、科学と完全に切り離された別物とも言いきれない感覚があります。また、スピリチュアルそのものを否定してしまうと、そもそもの日本での文化が成立しないような気もしています。私たちは何を「科学」と呼び、何を「スピリチュアル」と分けているのでしょうか。... -
お賽銭は、どこへいくのか——神社仏閣を支えるお金の、意外な現実
調べる・記録する・伝える
初詣や旅先の参拝で、賽銭箱の前に立ったことのない日本人は、ほとんどいないでしょう。財布から小銭を取り出し、鈴を鳴らし、手を合わせる——その一連の所作はもはや身体に染みついた習慣のようなものです。でも、賽銭箱に落としたお金が「その後どこへいくのか」を、真剣に考えたことのある人は、意外と少ないのではないでしょうか。「きっと神様に捧げられるのだろう」「神社の維持費になるのかな」——そのくらいのイメージで、多くの人は次の参拝へと進んでいきます。それはけっして悪いことではありません。信... -
引き寄せを信じきれないまま、それでも否定できない理由
わたしのなかの遠い場所
「引き寄せの法則」という言葉を聞いて、どんな感覚が浮かびますか。「怪しい」「スピリチュアルでしょ」と即座に距離を置く方もいれば、「なんとなく気になる」「でも完全に嘘とも言えない」という、宙ぶらりんな感覚を持つ方もいるかと思います。私はといえば、おそらく後者です。信じているかと問われると、それも違う気がします。けれど、否定しきれてもいない。司書として情報の精度を意識してきた私が、学芸員として「根拠なく断言しない」ことを習慣としてきた私が、工場の品質の中枢で曖昧を否定してきた... -
環境が変わっても「いつかしたい」のまま──先送りを好む、脳のとある性質
わたしのなかの遠い場所
「時間ができたら始めたい」「お金が貯まったら行きたい」「仕事が落ち着いたら連絡しよう」──そんな言葉を自分に言い聞かせたまま、気がつけば何年も経っていた。そういう経験は、誰にでも一度や二度あるのではないでしょうか。私自身、会社員を辞めて数ヶ月が経ったとき、あることに気がつきました。働いていた頃に「いつかしたい」と思い描いていたことが、時間という制約がなくなったはずの今も、ほとんど手つかずのままだったのです。寝台列車に乗りたい、行ったことのない土地を旅したい、英語の勉強をした... -
東京スカイツリーから見た景色に文明を感じた話
わたしのなかの遠い場所
先日、東京スカイツリーに行ってきたんです。本当は展望デッキへ登る予定はなかったのですが、空気の澄んだ良い天気だったもので、遠くまで見渡せるかな?と思い立って。 せっかく来たのだからと天望回廊とのセット券をアソビュー!のアプリで購入。休日の当日券のため3,800円。前日までに買えば400円ほどお得になるみたい。 割と早い時間だったのもあって、スムーズに展望デッキへ。休日にしてはそこまで混雑しておらず、じっくりとスカイツリーからの景色を眺めることができました。 この景色を眺めていて、ふと...
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