部屋が散らかっていると、どこか落ち着かない。
片付けなければ集中できない気がする。
そんな感覚を覚えたことがある人は多いはずです。
一方で、きれいに整えた机に向かっても、なぜか考えがうまくまとまらないと感じる場面もあります。
近年、心理学研究の紹介記事などで、散らかった部屋のほうが創造性を高める可能性があるという話が取り上げられることがあります。偏見なのかもしれませんが、確かに思い浮かぶ研究者や科学者の机の上は割と散らかっている印象があったりしますね。
ただ、ここで本当に考えるべきなのは、散らかっているか、片付いているかという二択ではありません。
重要なのは、どんな思考をしているときに、どんな環境が合うのかという視点ではないでしょうか。
この記事では、心理学研究の知見を手がかりにしながら、環境の良し悪しに縛られず、思考の種類に応じて使い分けるという考え方を整理してみます。
散らかった部屋は本当に創造性を高めるのか

「散らかった環境のほうが創造性を高める」という話は、心理学研究の紹介記事などで繰り返し取り上げられてきました。ただし、この話をそのまま鵜呑みにするのは適切ではありません。まずは、研究が実際に何を示しているのかを確認する必要があります。
ミネソタ大学の研究が示したこと
このテーマでよく引用されるのが、ミネソタ大学の研究です。この研究では、参加者を「整った部屋」と「散らかった部屋」に分け、創造的思考を測る課題に取り組んでもらいました。その結果、散らかった部屋にいた参加者のほうが、より独創的だと評価されるアイデアを出す傾向が見られました。
ここで重要なのは、この研究が測定しているのは「創造性のすべて」ではなく、特定の課題における発想の広がりであるという点です。つまり、長時間の仕事や複雑なプロジェクト全体を対象にしたものではありません。
研究結果が意味する範囲と限界
また、この研究は、「散らかっていれば必ず創造的になる」ことを示したわけではありません。あくまで、一定の条件下では、整いすぎていない環境のほうが、発想の幅が広がりやすい場面がある ということを示唆しています。
なお、この結果だけで、「じゃあ整理整頓された環境はダメなのか」と、その効果までを否定することはできません。整理された環境が集中や作業の進めやすさに寄与する可能性については、この研究とは別の文脈で考える必要があります。
なぜ誤解が生まれやすいのか
「散らかった部屋が創造性を高める」という言い方は、前提や条件が省かれやすく、その結果、本来は限定的な話であるにもかかわらず、万能な法則のように受け取られてしまうことがあります。
研究が示しているのは、環境が思考のあり方に影響を与える可能性がある、という一点です。どの環境が適しているかは、何を考えているのかによって変わります。
この研究は、散らかりを正当化する材料ではなく、環境と思考の関係を見直すための手がかりとして捉えるのが自然でしょう。環境が思考に影響を与えるとしたら、次に考えるべきなのは、なぜ整いすぎた空間では発想が広がりにくくなる場面があるのか、ということです。
なぜ整いすぎた環境では発想が固まりやすいのか

整理整頓された空間は、多くの場合「良い環境」として扱われます。ただ、創造的な思考に限って見ると、その前提をそのまま当てはめることができない場面があります。問題は、整っていること自体ではなく、整った環境が思考にどのような影響を与えるかというところにあります。
秩序が生む「期待される行動」
整った空間に身を置くと、人は無意識のうちに、その場にふさわしい振る舞いを選びやすくなります。机の上が整然としていると、丁寧に作業を進める、決められた枠の中で考える、といった行動が自然と選ばれます。
これは決して悪いことではありません。実行や検証、正確さが求められる作業では、むしろ大きな強みになります。
ただ、まだ形の定まっていないアイデアを広げたい場面では、その「正しさ」が思考の幅を狭める方向に働くことがあるのです。
思考が安全側に寄りやすくなる理由
整った環境は、安心感を与える一方で、選択肢を絞り込みやすい状態をつくることがあります。つまり、視界に入る情報が整理され、余分な刺激が排除されることで、思考もまた効率や妥当性を優先しやすくなります。
その結果、既存の延長線上にある発想や、無難な答えに落ち着きやすくなります。新しい組み合わせや、まだ確かめられていない方向へ踏み出す余地が小さくなるのです。
「安全側に寄りやすくなる」というのは、非慣習的な発想に踏み出しにくくなるといった意味合いになります。
散らかりが与えるのは自由ではなく「ズレ」
ここで押さえておきたいのは、ただ散らかった環境にいるだけで、自由な発想が自然に生まれるわけではないという点です。散らかりが生むのは、何でも許される状態ではありません。
整いすぎた環境では、考え方や進め方が無意識のうちに定まりやすくなります。それに対して、少し散らかった環境では、視界に入る情報や配置にわずかな違和感が生まれます。
その違和感によって、思考が一度立ち止まり、「本当にこの考え方でいいのか」と別の見方を試す余地が生まれることがあります。
つまり、創造性が刺激されるのは、散らかっているからではなく、考え方が決まりきった流れから、わずかに外れるきっかけが生まれるからです。
整った環境にも、整っていない環境にも、それぞれ異なる役割があります。次のセクションでは、こうした特性を踏まえたうえで、どのような思考にどの環境が向いているのかを具体的に見ていきます。
散らかった環境が向いている思考、向いていない思考

環境が思考に影響を与えるとしたら、次に考えるべきなのは「どの環境が良いか」ではなく、「どの思考に、どの環境が合うのか」という点です。散らかった空間と整理された空間は、それぞれ異なる役割を持っています。
発想や構想を広げる思考
まだ答えが定まっていない段階では、思考の自由度が重要になります。
アイデアを出す、構想を練る、方向性を探るといった場面では、多少情報が視界に残っている環境のほうが、思考が広がりやすいことがあります。
机の上に置かれた資料やメモ、関係のありそうな物が視界に入ることで、意図していなかった連想が生まれることがあります。こうした連想は、整いすぎた環境では起きにくいものです。
実行や仕上げを進める思考
一方で、方針が固まり、作業を進める段階に入ると、環境に求められる役割は変わります。正確さや効率が必要な作業では、不要な情報が少ない整理された空間のほうが集中しやすくなります。
実行段階では、迷いを減らし、決めたことを形にする力が求められます。そのため、刺激の少ない環境が思考を助けることは珍しくありません。
同じ人でも環境は変わる
ここで強調しておきたいのは、環境の向き不向きは、人の性格によって差があるため、固定されるものではないということです。同じ人でも、思考のフェーズが変われば、適した環境も変わります。
散らかった環境が合うのは、発想や構想の段階までです。そこから先は、整理された環境に切り替えたほうが、結果的に作業が進みやすくなります。そのため、「状況に応じた場面をうまく使う」という見方のできる環境は、思考を支えるための道具とも言えます。次のセクションでは、その道具としての環境を、どのように扱えばよいのかを、もう少し具体的に見ていきます。
「ちょうどいい散らかり」とは何か

散らかった環境が思考に影響を与えるとしても、それは散らかっていればいるほど良い、という話ではありません。創造性にとって意味を持つのは、無造作な散らかりではなく、思考と結びついた情報が残っているかどうかです。
ただ物が多い状態とは違う
創造的な思考を助ける散らかりは、単に物が積み上がっている状態とは異なります。何がどこにあるか分からず、探すことに意識を取られてしまう環境では、思考の余白は生まれません。
重要なのは、その場にある物や情報が、今考えているテーマと何らかの形で結びついていることです。関連する資料、途中まで書いたメモ、思考の痕跡が視界に残っていることで、考えが中断されにくくなります。
可視情報が思考を支える
机の上や作業スペースに、あえて情報を残しておくことで、思考は連続性を保ちやすくなります。視界に入る情報は、次に何を考えるかを無意識に示してくれるからです。
これは記憶力とは別で、考えの断片が物理的に見える場所にあることで、思考を再開する負荷が下がり、その結果、発想を広げることに集中しやすくなるのです。
意味のある散らかりだけを残す
ちょうどいい散らかりとは、ただ闇雲に散らかった状態ではありません。今の思考と関係の薄い物や、すでに役割を終えた情報は、むしろ整理したほうがよい場合もあります。
散らかった環境が思考に機能するのは、意味を持つ情報だけが可視化されているときです。そうした環境は、一見ただ散らかっているように見えても、本人の中では一定の秩序を持っています。
散らかりが意味を持つかどうかは、見た目の状態ではなく、今の思考とどのように結びついているかで決まります。
そして、その関係は思考の進み方に応じて変わっていくものでもあります。だからこそ重要になるのが、環境を固定せず、思考の段階に合わせて切り替えて使うという視点です。
環境を切り替えるという視点

ここまで見てきたように、散らかった環境と整理された環境には、それぞれ異なる役割があります。重要なのは、どちらか一方を選ぶことではなく、思考の段階に応じて環境を切り替えて使い分けるという考え方です。
考える場所と仕上げる場所を分ける
発想や構想の段階では、多少情報が視界に残っている環境のほうが、思考は広がりやすくなります。一方で、結論をまとめる、文章を整える、作業を完了させるといった場面では、整理された環境のほうが集中しやすくなります。
この違いを意識すると、「同じ机で最初から最後までやろう」とする必要はなくなります。
考える場所と仕上げる場所を分けるだけでも、思考の切り替えはスムーズになります。
環境そのものをスイッチとして使う
環境を変えることは、単なる気分転換ではありません。机を片付ける、作業場所を移すといった行為は、思考のモードが変わったことを身体に知らせる合図にもなります。
散らかった机に向かえば考える。整った机に向かえば仕上げる。
このように環境と役割を結びつけておくことで、思考の切り替えに余計なエネルギーを使わずに済みます。
環境に振り回されないために
環境を切り替える視点を持つと、「今の状態は良くないのではないか」と自分を責める必要がなくなります。散らかっているのは、今は考える段階にいるというサインかもしれません。
環境は整える対象ではなく、使い分ける道具です。
その視点を持つことで、思考と作業の流れを自分でコントロールしやすくなります。
散らかりも整理整頓も、それ自体が良いか悪いかを競うものではありません。どちらも、思考の段階に応じて使い分けるための手段にすぎません。環境をどう評価するかではなく、どう使うかという視点を持つことで、思考と作業の主導権を自分の側に取り戻すことができます。

まとめ
散らかった部屋が創造性を高めるのか、という問いに対して、単純な答えはありません。
研究が示しているのは、散らかりそのものが創造性を生むという話ではなく、環境が思考のあり方に影響を与える可能性がある、ということです。
整理整頓された環境は、集中や実行、正確さを支えます。しかし一方で、整いすぎた空間では発想が安全側に寄り、思考の幅が狭まる場面もあります。そのため、散らかった環境が役に立つことがあるのは、思考が予定調和から外れる余地が生まれるからです。
重要なのは、散らかった状態と整理整頓された状態とを良し悪しで判断しないことです。どちらも、思考の段階に応じて使い分けるための道具にすぎません。発想や構想の段階では情報が残る環境を使い、仕上げや実行の段階では整った環境に切り替える。その判断軸を持つことが、創造性と作業効率の両立につながります。
部屋の状態に振り回される必要はありません。
今の環境が、どんな思考を支えているのかを見極めること。それができれば、環境は制約ではなく、思考を支える味方になります。





よくある疑問
散らかった環境に慣れてしまうと、効果は薄れませんか?
あります。散らかりが思考を刺激するのは、環境にわずかなズレや違和感が生じている間です。見慣れた状態が続くと、そのズレは背景に溶け込み、刺激として機能しにくくなります。発想が停滞してきたと感じたら、物の配置を少し変えたり、考える場所そのものを移したりするだけでも、思考の反応は変わります。
片付けが苦手な人は、散らかった環境のほうが向いているのでしょうか?
必ずしもそうとは限りません。この記事で扱っているのは性格の向き不向きではなく、思考の段階と環境の関係です。片付けが苦手でも、実行や仕上げの段階では整理された環境のほうが進みやすいことはあります。環境は習慣ではなく、目的に応じて選ぶものと考えるほうが自然です。
オンライン作業やデジタル環境でも同じことが言えますか?
言えます。ただし形は少し変わります。デスクトップのアイコン配置、開いているタブの数、メモの見え方なども、環境の一部です。発想を広げたいときに、関連資料をあえて開いたままにする。仕上げの段階では、不要な情報を閉じる。物理的な机と同じように、デジタル環境も思考に合わせて調整できます。
散らかった環境が逆にストレスになる場合はどう考えればいいですか?
その場合は、無理に散らかす必要はありません。散らかりが機能するのは、思考を助けるときだけです。視覚的な情報が多いことで気が散る、疲れると感じるなら、その環境は今の思考に合っていない可能性があります。環境が合わないという感覚自体が、切り替えのサインになります。
子どもの学習や仕事の現場でも応用できますか?
応用はできますが、そのまま当てはめるのは注意が必要です。学習や業務では、正確さや再現性が優先される場面が多く、整理された環境が基本になります。そのうえで、考えを広げる時間やアイデア出しの場面だけ、環境に余白を持たせるという使い分けが現実的です。
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