その正体は伝統的な生薬。シナモン(桂皮)が体の巡りに働きかける仕組み

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スパイスとしてのシナモンのイメージは、おそらく多くの方に共通している気がします。
コーヒーやカフェラテにひとふりしたり、焼き菓子に香りをつけたり。
かすかに甘く、少しスパイシーで、食卓の片隅に何気なくある存在です。

しかしそのシナモンですが、漢方医学の世界では「桂皮(けいひ)」という名の生薬として、数千年にわたって処方の中に組み込まれてきた植物なのです。現代の私たちが「スパイス」として認識するよりも、はるかに長い時間をかけて、体の不調を整えるための薬として使われてきました。

なぜこれほど長く、これほど広く使われ続けてきたのか。

この記事では、桂皮が漢方医学においてどのように位置づけられてきたのかを確認しながら、現代の栄養科学がその「巡り」への作用をどのように解明しようとしているのかを見ていきます。

目次

シナモンが「生薬」として扱われてきた歴史


シナモンの歴史は、スパイスとしての歴史よりも薬としての歴史のほうが古いものです。漢方医学においてシナモンの樹皮は、体の巡りを整えるための重要な生薬として2000年以上にわたり記録・処方されてきました。
その来歴を、まずは確認しておきます。

最古の薬物書に記録された桂皮

シナモンの樹皮が薬として記録された歴史の起点のひとつが、『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』という書物です。中国最古の薬物書のひとつとされ、成立は前漢から後漢期(紀元前206年〜紀元後220年頃)とされています。ここに桂皮・桂枝の記録が残っており、少なくとも2000年以上前から、シナモンの樹皮が薬として認識されていたことがわかります。

『神農本草経』は、365種類の薬物を「上品・中品・下品」の3段階に分類した書物です。上品には毒性が少なく長期服用に適したものが入り、中品・下品になるにつれて、より積極的な治療効果を持つが使い方に注意が求められるものが含まれます。桂皮は「牡桂(ぼけい)」「菌桂(きんけい)」という名称でこの上品に分類されており、無毒で長期服用が可能な養命薬として認識されていたことが読み取れます。

この時代から現代まで、桂皮は漢方の処方の中で「体を温め、巡りを整える」という一貫した目的のもとで使われ続けています。処方として何世代にもわたって記録が受け継がれてきたということは、それだけ多くの人に試され、繰り返し確認されてきた経験の蓄積があるということでもあります。

今も手に取れる漢方処方の中に桂皮がある

歴史の記録だけを並べると、桂皮が「過去の遺物」のように感じられるかもしれません。しかし実際には、桂皮は現代の漢方処方の中で今も現役の生薬として使われています。ドラッグストアや漢方薬局で手に取ることができる処方の中に、桂皮はごく自然に含まれています。

漢方では、シナモンの樹皮の部分を「桂皮(けいひ)」、細い枝の部分を「桂枝(けいし)」と呼び分けて処方に組み込んできました。ただし「日本薬局方」(厚生労働大臣が定める品質の基準書で、生薬の品質検査の基準にもなっています)では現在、これらをまとめて「ケイヒ」として扱っており、現代の処方では両者を厳密に区別しないケースも多くなっています。

桂皮が配合されている代表的な漢方処方をいくつか挙げます。

葛根湯(かっこんとう) 風邪の引き始めに飲む漢方として、おそらく最もよく知られた処方です。寒気・頭痛・肩こりを伴うタイプの風邪の初期に用いられます。桂皮(桂枝)はこの処方において、体の表面を温めて発汗を促す役割を担っています。

安中散(あんちゅうさん) 胃痛・胃もたれ・食欲不振など、冷えからくる消化器系の不調に使われる処方です。桂皮は胃腸を内側から温め、気の流れを整える目的で配合されています。

八味地黄丸(はちみじおうがん) 加齢による冷え・頻尿・腰痛・倦怠感などに用いられる処方で、漢方でいう「腎(じん)」の衰えを補うことを主な目的としています。桂皮はここでも体を温め、血の巡りを助ける役割を持っています。

牛車腎気丸(ごしゃじんきがん) 八味地黄丸をベースに、腰や下肢のしびれ・むくみへの対応を加えた処方です。桂皮の配合目的は八味地黄丸に準じます。

使われる場面は「胃の不調」から「加齢に伴う下肢のしびれ」まで幅広いですが、桂皮がこれらの処方に共通して配合されているのは、「温め、巡らせる」というひとつの一貫した目的によるものです。

漢方医学が桂皮に見出した「温め、動かす」という働き


漢方医学では、体の不調を「気・血・水(き・けつ・すい)」という3つの要素のバランスの乱れとして捉えます。気は生命エネルギーの流れ、血は血液とその働き、水はリンパ液や体液全般にあたります。桂皮はこのうち「気」と「血」の巡りを整え、体の内側を温めることで滞りを解消する生薬として分類されています。一言でまとめると「温めて、動かす」というイメージです。

漢方の古典では、桂皮の代表的な作用として4つが挙げられています。それぞれを見ていきます。

体の内部を温める作用(温裏)

「温裏(おんり)」と呼ばれる作用です。体の内部を温め、冷えからくる腹痛・胃の不快感・消化器系の不調を緩和する働きとして分類されています。冷えた環境や冷たい飲食物によって胃腸の機能が低下する、いわゆる「冷えからくる不調」に対して桂皮が選ばれるのは、この作用によるものです。
前述した安中散が胃の不調に用いられる根拠のひとつも、ここにあります。

血の流れを促す作用(活血)

「活血(かっけつ)」と呼ばれる作用です。血の巡りを促し、冷えや痛みをやわらげる働きとして分類されています。月経痛・手足の末端の冷え・筋肉のこわばりといった症状に桂皮が配合される処方が多いのは、この作用によるものです。血が滞ることで生じる痛みや冷えを、流れを促すことでほぐしていく、というイメージに近いかもしれません。

体表を温めて発汗を促す作用(解表)

「解表(かいひょう)」と呼ばれる作用です。体の表面を温め、発汗を助ける働きとして分類されています。とくに寒気が強いタイプの風邪の初期段階に使われます。葛根湯に桂皮(桂枝)が含まれているのは、この解表作用が目的のひとつです。「汗をかくことで邪気を体表から追い出す」という漢方独自の考え方に基づいています。

気の流れを整える作用(理気)

「理気(りき)」と呼ばれる作用です。気の流れを整え、胃腸の動きをスムーズにする働きとして分類されています。消化器系の不調には気の滞りが関与していることが多いとされており、桂皮はその滞りをほぐす役割を担います。温裏と理気は密接に関係しており、胃腸を温めながら気の流れも整えるという形で、両方の作用が同時に発揮されることが多くあります。

配伍という考え方──生薬は組み合わせの中で働く


前のセクションで桂皮の4つの作用を見てきましたが、漢方医学において生薬は単独で使われることはほとんどありません。複数の生薬を組み合わせることで、はじめて処方として機能します。この組み合わせの設計を「配伍(はいご)」と呼びます。

配伍においては、それぞれの生薬が役割を分担し、互いの働きを引き出し合います。桂皮は「温め、動かす」という一貫した性質を持ちながら、何と組み合わせるかによって力の向かう先が変わります。冷えからくる胃の不調に向けた処方では温裏・理気の作用が前に出ますし、血の巡りを整えることを目的とした処方では活血の作用が中心になります。同じ桂皮であっても、配伍によって処方の性格が決まるのです。

この設計は、長い臨床経験の積み重ねから生まれたものです。何が効いたか、何と組み合わせるとより効果的か、何が副作用を抑えるか。そうした試行錯誤が何百年、何千年と続いた結果として、現代に受け継がれている処方が形成されています。

裏を返せば、漢方医学が「桂皮はこう働く」と言い続けてきたことは、膨大な数の臨床経験によって繰り返し確認されてきた知見でもあります。現代の栄養科学は、そのような経験知を成分レベルで解明しようとするアプローチを取っています。次のセクションでは、その観点から桂皮を見ていきます。

現代科学が解明しつつある「巡り」の仕組み


漢方医学が経験として積み上げてきた「温め、巡らせる」という作用を、現代の栄養科学はどのように見ているのでしょうか。研究の歴史はまだ浅く、すべてが解明されているわけではありません。ただ、いくつかの成分については、体への作用のメカニズムが少しずつ明らかになってきています。

シンナムアルデヒドと血糖値・血流への関与

シナモンの特徴的な香りと辛味のもとになっているのが、シンナムアルデヒド(cinnamaldehyde)という成分です。カシア系シナモンの精油の主成分で、シナモン特有のあの香りはほぼこの成分に由来しています。

このシンナムアルデヒドについて、インスリンの感受性を高める可能性を示した研究が2000年代以降に複数報告されています。なかでも参照されることが多いのが、2003年にアメリカ農務省農業研究局のKhan氏らが学術誌「Diabetes Care」に発表した研究です。2型糖尿病の患者を対象に、カシアシナモンを40日間摂取してもらったところ、空腹時血糖・中性脂肪・LDLコレステロールの値が統計的に有意に改善したと報告されています。

ただし、この研究はサンプル数が少なく、対象が2型糖尿病患者に限られていました。その後の研究ではより複雑な結果も出ており、現在も継続的に検討が続いている段階です。医療的な効能として確立されているわけではなく、現時点での位置づけとしては「補助的な食品としての可能性がある」という理解が適切です。

血流との関係については、シンナムアルデヒドが血管の平滑筋に作用する可能性を示した基礎研究も存在しますが、こちらはまだ研究途上の段階にあります。漢方でいう「血の巡りを促す」という活血の作用と、現代科学が血流への影響を研究しているという事実が、方向性として一致しているという点は注目に値しますが、直接的に同じ現象を指していると断言できる段階ではありません。

抗酸化成分プロアントシアニジンの働き

シナモンにはポリフェノール類が豊富に含まれており、なかでもプロアントシアニジン(proanthocyanidins)と呼ばれる成分が多く含まれていることが知られています。この成分は強い抗酸化作用を持つことが確認されており、食品としてのシナモンの特徴のひとつになっています。

抗酸化作用とは、体内で過剰に発生した活性酸素を抑制する働きのことです。活性酸素は細胞にダメージを与え、慢性的な炎症や組織の劣化に関与するとされています。これを抑えることで、細胞レベルの機能低下を緩やかにする効果が期待できます。

また、シナモンに含まれる精油成分の一部に、特定の細菌やウイルスの増殖を抑制する作用が確認されているという報告もあり、免疫機能のサポートという観点からも研究が進んでいます。

こうした成分レベルの知見は、いずれも「食品としての穏やかな作用」の範囲にあるものです。医薬品のような即効性を期待するものではありませんが、漢方が経験として知っていた作用の方向性と、現代科学が成分レベルで確認しつつあることの方向性が、おおむね一致しているというのは興味深いことです。

二つの知が、同じ場所を指すとき


『神農本草経』に桂皮の記録が残されたのは、2000年以上前のことです。当時の人々は、シンナムアルデヒドもプロアントシアニジンも知りませんでした。
それでも、桂皮を使うと体が温まり、滞りがほぐれ、冷えからくる胃の不調が和らぎ、血の巡りが促されるという、その経験が繰り返され、記録され、次の世代へと受け継がれていきました。「温裏」「活血」「解表」「理気」という言葉は、その長い積み重ねが言語化されたものです。配伍という設計思想も、どの生薬と組み合わせるとどう効くかという経験の蓄積なしには生まれません。葛根湯から牛車腎気丸まで、これほど多くの処方に桂皮が組み込まれてきたこと自体が、その経験知の確かさを示しています。

現代の栄養科学はまったく別の入り口から、同じ場所を目指しています。成分を取り出し、実験で検証する。Khan氏らの研究は血糖値への関与を示し、プロアントシアニジンの抗酸化作用は細胞レベルで確認されつつある。どちらも「温め、巡らせる」という方向性と重なっています。

2000年以上の臨床経験と、数十年の分子レベルの研究。言語も方法論もまったく異なるふたつの知が、同じ方向を指しているという、この収斂(しゅうれん)は偶然ではないと思います。

巡りが滞る手前で、気づくということ

漢方の世界には「未病(みびょう)」という概念があります。まだ病気とは呼べないけれど、何となく体が重い、冷える、疲れが抜けない。そういった手前の状態に早めに気づいて対処しようという考え方です。桂皮がこれほど多くの処方に組み込まれてきたのも、この未病の段階に寄り添う性質を持っていたからかもしれません。

体の調子を劇的に変えるものではありません。ただ、日々の暮らしの中で体の声に少し耳を傾けながら、できることを小さく積み重ねていく。そういう姿勢に、2000年使われてきたこの生薬が静かに寄り添ってくれる余地があるように思います。


最後に、私の話で恐縮なのですが、昔、製薬メーカーで働いていた頃に、生薬を取り扱っておりました。その頃に、生薬や漢方処方、東洋医学の考え方なんかを学んだわけですが、生薬に対しては原料としての苦手意識がずっと残っているんです。
というのも、生薬は天然由来の原料であるため、品質確認がすごく大変だったんです。野菜や果物って旬の時期があるのですが、やはり旬と言われる時期の栄養価が最も高いんですね。恐らく生薬も植物原料であるためそういった旬の時期のようなものがあって、やたらと品質検査の数値が高くなる時期があったり、低くなる時期があったりっていう苦労がありました。そして、生薬原料はその数値に合わせて、医薬品に調合するため、計算もセットになります。
当時の「計算を間違えたらどうしよう」というプレッシャーが、そのまま苦手意識に直結しているように思います。
今でも夢でうなされることがあるくらいにはトラウマになっていたりもします。

それから、この記事で出てきた『神農本草経』についても、興味本位で買って勉強してみたことがあるのですが、にわかには信じ難いのですが、当時は金属や鉱物も薬として扱われていたようなのです。

それも服用目的で。

私が買ったのはこちらの本になります。→【PR】神農本草経解説(Amazonリンクです)

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