投資信託を続けているのに手応えがない?それは錯覚かもしれない

  • URLをコピーしました!

毎月、決まった日に積立が実行される。
口座に入金して、設定した金額が自動で動いていく。
はじめのころは、それだけで少し誇らしかった。

でも、半年が経ち、1年が経ち、ふと口座を開いてみる。
「あれ、思ったよりも増えていないな⋯」

数字をじっと見ながら、どこか腑に落ちない感覚が残る。続けているはずなのに、手応えが⋯ない。
ページを閉じながら、「本当にこれで合っているのだろうか」と、ふと不安が頭をよぎる。

さぼっているわけではない。むしろ、毎月きちんと続けている。
それなのになぜ、こんなにモヤモヤするのか――。

今回は、その「手応えのなさ」がどこから来るのかを、認知科学と複利の仕組みの両側から、見ていきたいと思います。その感覚は、あなたが何かを間違えたせいではありません。

目次

「増えていない気がする」という感覚の正体


その感覚には、実は名前があります。認知科学の分野では「指数関数的成長バイアス(Exponential Growth Bias)」と呼ばれています。複利のように指数的に成長するものを、人間の脳が直感的に把握することが非常に苦手だ、という認知の特性です。

脳は直線でものごとを考える

人が「量がどれくらい増えるか」を直感的に見積もるとき、脳はどうしても「直線的な成長」を想定してしまいます。今月5,000円増えたなら、来月も、再来月も、同じように5,000円ずつ増えていく——そういうイメージを自然に描いてしまうのです。

しかし複利の成長は、直線ではありません。前半はゆっくりとしか動かず、後半になって急激に立ち上がる「曲線」を描きます。脳が期待する直線と、複利が描く曲線のあいだには、特に前半において大きなギャップがあります。このズレが「思ったより増えていない」という感覚の正体です。

この「指数関数的成長バイアス」は、1975年に心理学者のワーヘナールとサガリアが発表した研究を皮切りに、数十年にわたって繰り返し確認されてきました。2007年にアイゼンシュタインとホックが行った実験では、人は指数関数的な成長を見積もる際に「直線的な成長」を基準として考える(アンカリングする)ことが示されています。これは一部の人に見られる特性ではなく、人間の認知に広く組み込まれたものです。

その傾向は、どれほど広がっているのか

この認知バイアスがどれほど一般的か、規模感を示す調査があります。

経済学者のスタンゴとジンマンが2009年に発表した調査では、複利の見積もりを誤る傾向が強い人ほど、貯蓄率が低く、負債が多く、純資産も低いという相関が確認されています。また、ゴダらが2015年に米国の代表的なサンプルで行った調査では、対象者のうち約3分の1が、複利の成長をほぼ「単利(直線的に増えるもの)」と同じように認識していたことが明らかになりました。

TIAAインスティテュート(米国の金融サービス機関TIAAのシンクタンク部門)が2021年に発表した報告では、調査対象の約78%が「指数関数的成長バイアス」を持っていることが示されています。つまり、複利を正確に直感で捉えられる人は、全体の2割程度しかいないという計算になります。

「積み立ててもあまり増えていない気がする」という感覚は、人間に極めて広く共通した認知の傾向によるものなのです。

複利は「後半」に来る

指数関数的な成長の最大の特徴は、前半に見せかけの「遅さ」があることです。グラフで描くと、最初の数年はほぼ横ばいに見え、後半になって急激に立ち上がります。脳が直線的な伸びを期待しているあいだは、複利の本質はまだ見えていないのです。

そして私たちが口座を開いて確認するのは、多くの場合「まだ前半の時期」です。1年、3年、5年——積立を続けていても、グラフが立ち上がるのはまだ先にある。それが「増えていない気がする」という錯覚の構造です。重要なのは、前半の「見かけ上の遅さ」は、後半の加速の前提条件でもあるということです。前半の積み上げがなければ、後半の曲線は生まれません。

数字で見てみる——複利の「形」


抽象的な話よりも、一度具体的な数字で確かめてみましょう。ここでは仮定の条件でシミュレーションを行います(以下はあくまで計算上の参考値であり、将来の運用成果を保証するものではありません)。また、税金・手数料等は考慮していません。

月3万円・年率5%・20年の場合

毎月3万円を、年率5%(月利約0.417%)で20年間積み立てたとします。

  • 積み立てた総元本:720万円(3万円 × 240ヶ月)
  • 20年後の評価額:約1,233万円
  • 運用によって得られた利益:約513万円

大きな数字に見えますが、問題は「いつ、どのくらい増えるか」という時間の配分です。

最初の10年だけを切り取ると、評価額は約466万円です。積み立てた元本360万円に対して、運用益は約106万円。10年間で106万円の利益です。

では次の10年(11年目から20年目)はどうでしょうか。この期間に追加する元本は同じく360万円ですが、この10年間で得られる運用益は約407万円になります。最初の10年の約4倍です。

同じ10年間、同じ月額の積立。なのに、後半の利益は前半のおよそ4倍になる。これが複利の「形」です。

前半の「退屈な時期」が後半を作る

この数字を別の角度から見てみます。積立5年目の時点では、評価額の増加幅はまだ小さく、「本当に増えているのか」と感じやすい段階です。ところがこの5年間に積み上げた元本と利益が、10年目・15年目の複利計算の「土台」として機能します。

大工が基礎工事を丁寧に進めているとき、建物はまだ目に見えません。でも基礎が固まっているかどうかは、その後の構造全体を左右します。積立の前半は、数字には現れにくいその「基礎」を作っている時期です。

5年目や7年目に「増えていない気がする」と感じるのは、むしろ当然の感覚かもしれません。それはあなたの感覚がおかしいのではなく、複利とはそういう構造をしているのだということを、頭の片隅に置いておくことが大切です。

単利との比較で見えてくること

もう少し直感的に理解するために、「単利」と「複利」を並べてみます。

たとえば100万円を年率5%で10年間運用したとします。

【単利の場合(毎年の利息が元本にのみかかる)】
・毎年5万円の利息が固定で発生し、10年後は150万円になります。

【複利の場合(得た利息も次の年には元本に加算される)】
・1年後:105万円、5年後:約127.6万円、10年後:約162.9万円になります。

10年後の差は約12.9万円。「たったそれだけ?」と感じるかもしれません。しかし20年後の複利は約265.3万円、単利は200万円。差は65万円以上に広がります。30年後には複利約432.2万円に対し、単利250万円。182万円もの差になります。複利の効果は、時間が経てば経つほど、加速度的に大きくなっていきます。

口座を見るタイミングと「実感」の関係


「増えていない」という感覚には、もうひとつの側面があります。それは、「いつ、どんな状態で口座を確認するか」という問題です。複利の構造的な話だけでは説明しきれない、心理的な要因がここにあります。

短期で見るほど、手応えが薄れる

複利の構造上、短期間では目に見える変化が少ないです。毎月口座を確認すれば、その月の変動しか目に入りません。相場が横ばいの月には「まったく動いていない」、相場が下がった月には「減ってしまった」という印象だけが残ります。

これは「損失回避」という心理とも重なります。行動経済学者のカーネマンとトベルスキーが示したプロスペクト理論によれば、人は損失の痛みを、利益の喜びのおよそ2倍強く感じます。評価額が下がっている月に口座を確認すると、その「痛み」の印象が特に強く残ります。翌月に戻っても、「減った記憶」のほうが感情的に重く残ってしまうのです。

そういった特性から、毎月口座を確認するという習慣そのものが、「実感のなさ」や「不安」を育ててしまっている可能性もあります。

暴落局面と「増えていない感」は別の問題

もうひとつ整理しておきたいことがあります。
「増えていない気がする」という感覚には、大きく二つの原因があります。一つは先ほど見てきた「複利の前半の遅さ」という構造的な問題。もう一つは、相場の下落による評価額の減少という、価格変動の問題です。

この二つは、しばしば混同されます。相場が下落しているとき、「やっぱり増えていない」と感じるのは、複利の錯覚というよりも価格変動への感情的な反応です。積立投資においては、価格が下がった局面でこそより多くの口数を積み上げることができます。評価額が下がっていても、長期的な積立の観点から見れば「安く買い増している状態」と捉えることができるわけです。

感覚の「手応えのなさ」がどちらから来ているのかを意識しておくと、感情に流されにくくなります。

確認頻度のひとつの考え方

長期投資において、毎日・毎週の口座確認に大きな意味はほとんどありません。むしろ半年に一度、年に一度の頻度で眺めるほうが、数字の変化が積み上がって見えやすくなります。

ただ、これも個人差があります。口座を見ないと逆に不安になるという方もいます。どちらが正しいということではなく、「今月わずかしか増えていなくても、それは複利の前半として正常な状態だ」という認識を持てているかどうかが、感情を左右するポイントです。確認頻度よりも、見たときの「受け取り方」を変えることのほうが、長い目で見たら意味があると言えます。

「続けること」に意味がある、その根拠


複利の仕組みと認知のズレがわかったとして、では「続けること」の意味はどこにあるのでしょうか。頭ではわかっていても感情がついていかない、というのが正直なところではないでしょうか。数字の話だけでは、感情的な手応えには届かないこともあります。

ドルコスト平均法と複利の掛け算

毎月一定額を積み立てるドルコスト平均法は、価格が高いときには少なく、価格が低いときには多く買い付けることになるため、平均購入単価を平準化する効果があります。

複利との組み合わせで考えると、ドルコスト平均法にはさらに別の側面があります。価格が下がった月に多く買い付けた口数は、価格が回復したときに丸ごと恩恵を受けます。そして、複利は「今持っている口数の評価額が、次の基準価額の変動に乗る」という構造です。

つまり、定期的な積立によってコツコツと増やした口数が、後半の複利の加速に乗るわけです。単純に「毎月一定額を入れ続ける」という行動は、複利とドルコスト平均法という二つの仕組みを同時に活かす設計になっています。

仕組みを信じることが土台になる

はっきりと言ってしまえば、投資信託の積立には「毎月の達成感」を期待しないほうが、精神的に楽です。銀行の定期預金のように、数字が着実に増えていく実感とは、構造が異なるからです。増えたり減ったりしながら、長い目で見ればゆっくりと上向いていく——それが、市場に連動した長期積立の現実の姿です。

私自身、FP資格の学習を通じて、複利と時間の関係を数式として学んできました。しかし、数字として理解することと、口座の画面を前にして「大丈夫だ」と思えることは、やはり別の問いだと感じています。知識は感情を即座に制御してくれるわけではありません。

だからこそ、積立の設計をシンプルに保つことが大切です。毎月の金額を無理のない範囲に設定する。口座確認の頻度を意識的に落とす。積み立てている最中に商品を頻繁に変えない。
これらはすべて「感情的な介入を最小化する」ための設計です。自分が焦って動かないような仕組みを作ることが、長期投資においてはそのままリターンに直結します。

「最も高いリターンが期待できる商品」よりも、「途中で投げ出さずに続けられる商品」のほうが、長期では結果的に優れていることが多いのです。それは商品選びだけでなく、積立そのものへの向き合い方にも当てはまります。

続けている、それだけでいい

「増えていない気がする」という感覚は、あなたが何かを間違えたせいではありません。複利の成長が後半に集中するという構造と、脳がそれを直線で捉えてしまうという認知の特性——この二つが重なって生まれる、ごく自然な錯覚です。

積み立てを続けているということは、前半の「退屈な時期」を着実に積み上げているということです。後半の加速は、この前半の積み上げなしには生まれません。むしろ、今この瞬間の「手応えのなさ」は、その証拠かもしれません。

毎月口座を確認して「あれ、そんなに増えていないな」と感じる瞬間は、これからも来るはずです。そのたびに「これは脳の錯覚かもしれない」とどこかで思えたなら、それが長期積立を続けていくための、静かな支えになってくれるはずです。

\ 一言感想をいただけると励みになります/

  • URLをコピーしました!
目次