株式会社ファイントゥデイホールディングスの新規上場(IPO)がいよいよですね。
もともとは2024年11月に上場承認を受けていましたが、当年11月13日の同社取締役会で、株式売出しおよび上場手続きを「近時の株式市場の動向などを総合的に勘案」して延期・売出し中止と決議し、その後翌月に申請を取り下げておりました。東京メトロのIPOであったり、キオクシアのIPOが控えていたりしたことも原因の一つではないか、と言われていました。
そこからおよそ1年の時を経て、いよいよです。
・・・と思ったのに、2025年10月20日の情報によると上場延期だそうで。
多くの方にとって、ファイントゥデイは「TSUBAKI」や「SENKA」「fino」といった長年愛用してきた有名ブランドで馴染みがあるでしょうか。知っているブランドだから投資したい!と思う方も多いかもしれませんね。
しかし、投資を検討するにあたっては、ブランド力以外の要素、すなわち企業としての実態や成長戦略、財務の健全性を知ることが不可欠です。
そんなわけで、この記事では、ファイントゥデイホールディングス(以下、ファイントゥデイHDと表記)の上場に際して、企業が金融庁へ届け出る有価証券届出書(新規公開時)や企業が公表する情報に基づき、ブランドの背後にある企業構造と投資の重要論点について紐解いていきます。
IPOってなんだい?って方は以下の記事もご参考くださいませ。

会社概要:資生堂からの独立(カーブアウト※)の背景

ファイントゥデイHDの起源を資生堂グループに遡って見ると、その事業の祖業を1959年設立の資生堂商事株式会社に持ちます。そして、資生堂ファイントイレタリー株式会社に商号を変更したり、株式会社エフティ資生堂に吸収されたり、生産事業だけが株式会社資生堂に吸収されたりしています。
その後、ファイントゥデイHDの前身である株式会社ファイントゥデイ資生堂を設立。事業の大きな転換点となったのは、2021年7月に資生堂グループよりパーソナルケア事業を承継したことによります。これは、事業のポテンシャルを最大化し、さらなる成長を実現するために、外部ステークホルダー(CVC Asia Pacific Limitedなどが助言する投資ファンド)の下で独立した事業運営を行うという、資生堂の事業ポートフォリオ再構築の一環でした。
そのため、現在のファイントゥデイHDは2021年1月に設立された純粋持株会社となります。
現在は、日本国内3法人、海外11法人で構成されており、研究開発(2023年7月には、都市型ラボ「ファイントゥデイ ビューティーイノベーションセンター」を開所)から生産(久喜工場、ベトナム工場)、マーケティング、販売まで一気通貫のビジネスシステムを確立しています。
2024年6月25日付で、株式会社資生堂が保有するファイントゥデイHD株式の全部がOriental Beauty Holding (HK) Limitedに譲渡されたため、資生堂は関係会社ではなくなりました。
※カーブアウト:企業が自社の事業の一部を切り離して新しい会社として独立させる経営戦略のこと
ファイントゥデイHDの企業解説
ここからは、ファイントゥデイHDについて詳しく見ていきます。
牽引する主要ブランド
ファイントゥデイHDは、ヘアケア、スキンケア、ボディケアの3分野で計20ブランドを展開しています。中でも以下の4ブランドは、2023年12月期に売上収益が100億円を超える規模となっています。
ブランド名 | カテゴリー | 主な特徴 |
fino | ヘアケア | 髪にも肌と同じ上質なお手入れを提供するトリートメント中心のブランド(2004年ローンチ)。 |
TSUBAKI | ヘアケア | 椿オイルの効果で艶のある髪へ導くブランド(2006年ローンチ)。2024年9月にフルリニューアルを実施。 |
SENKA | スキンケア | 濃密な泡で肌に優しく毛穴の汚れを落とす、高機能なスキンケアブランド(2003年ローンチ)。 |
KUYURA | ボディケア | 中国・香港地域限定で展開される綿密なミクロ泡が特徴のボディケアブランド(2006年ローンチ)。 |
2023年12月期のカテゴリー別売上構成比は、ヘアケアが46.4%と最も大きく、次いでボディケア25.8%、スキンケア25.4%です 。また、2024年2月には新ヘアケアブランド「+tmr(プラストゥモロー)」を全国展開するなど、ブランドポートフォリオの強化を進めています。
(2024年以降も会社全体の収益力は伸びておりますが、ブランドの個別の収益については確認できませんでした。)
最新業績と成長戦略:アジア市場に賭ける
ファイントゥデイHDの成長は、成長率の高いアジア市場の動向に強く依存しています。
地域別売上構成と業績推移
2023年12月期において、売上収益の57.4%が海外市場(中国・香港地域、APAC地域)で構成されています。
地域 | 売上構成比 (FY2023) | 市場環境(2023-2028年 平均成長率) |
日本 | 42.6% | 3.4%(成熟市場) |
中国・香港 | 40.1% | 5.1%(安定的成長) |
APAC | 17.3% | 7.5%(高成長) |
【2024年第3四半期までの業績概況】
LBOやカーブアウトに伴う一時的費用を除いた「調整後連結営業利益」は、ファイントゥデイHDが重視する指標です。
指標(百万円) | 2023年12月期 Q3 YTD | 2024年12月期 Q3 YTD |
売上収益 | 76,847 | 81,248 |
調整後営業利益 | 13,821 | 13,866 |
2024年第3四半期累計(Q3 YTD)の売上収益は前年同期(76,847百万円)から増加(81,248百万円)し、回復基調にあります。調整後営業利益も同水準を維持しています。
しかし、中国市場の厳しさが残ります。 2023年12月期には、福島第一原子力発電所からの処理水放出に起因する日本製品の不買の影響により、中国・香港地域の売上が大きく減少しました。2024年第3四半期累計の地域別調整後営業利益を見ると、日本地域(10,490百万円)やAPAC地域(1,484百万円)は堅調な一方で、中国・香港地域の利益(7,581百万円)は前年同期(8,802百万円)から減少しており、厳しい市場環境が継続していることが示唆されます。
ファイントゥデイHDは、将来的に売上構成を「日本3割、中国・香港3割、APAC3割、新地域1割(3-3-3-1構想)」とすることを目指しており、成長率の高いAPAC地域での事業基盤強化を進めています。
なお、2025年12月期の業績予想は、一時的な費用計上によりIFRS上の「営業利益」は減少するものの、事業の本質的な収益力(調整後営業利益、調整後EBITDA)は二桁成長が見込まれており、ブランド力とアジア市場での成長戦略が功を奏する見通しであると言えます。
IPO計画変更の核心:LBO負債の圧縮
投資家が最も注目すべき点は、ファイントゥデイHDがLBO(レバレッジド・バイアウト)※を経ているため、多額の有利子負債を抱えているという点です。
※LBO(レバレッジド・バイアウト):買収対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、金融機関から資金を借り入れて企業を買収する手法
財務レバレッジの現状
- 2024年9月末時点の借入金残高は91,098百万円。
- 有利子負債比率は144.78%と高い水準にあります。
- この借入金には、「シニア・ネット・レバレッジ・レシオ※1」など複数の財務制限条項(コベナンツ※2)が付されており、これに抵触した場合、期限の利益を失うリスクがあります。
※1 シニア・ネット・レバレッジ・レシオ:M&A(買収)におけるLBOローン(レバレッジド・バイアウト)の返済能力を測る指標の一つ
※2 コベナンツ:資金調達の契約書に盛り込まれる、債務者が守るべき「義務」や「制限」などの特約条項
IPO計画の変更と資金使途の明確化
当初の2024年12月上場計画(プライム市場、売出し中心)は実行されず、ファイントゥデイHDは以下の新しい計画を公表しました。この変更は、財務体質の安定強化を強く意識した戦略転換です。
項目 | 旧計画(2024年12月予定)→中止 | 新計画(2025年11月予定)→延期 |
上場市場 | 東京証券取引所プライム市場 | 東京証券取引所スタンダード市場 |
上場予定日(株式受渡期日) | 2024年12月17日 | 2025年11月5日(水曜日) |
募集形式 | 売出し(既存株主の資金回収)が中心 | 公募(新規株式発行)と売出しを同時実施 |
資金使途 | 既存株主への資金還元が主 | 公募による調達資金全額を借入金の返済に充当 |
最大のポイントは、公募(募集株式発行)の実施と資金使途です。 新計画において、国内募集による差引手取概算額18,699百万円(見込額)の全額が、2025年12月期にLBO負債(シニアファシリティ契約に基づく借入金)の返済に充当される予定です。これは、上場後の成長投資よりも、まずは高リスクな負債の圧縮を優先するという、経営陣の明確な意思を示しています。
投資判断におけるリスク
IPOに参加しようと思っている方は抑えておきたいリスクです。
投資判断におけるその他のリスク
① 無形資産の減損リスク
ファイントゥデイHDの連結資産合計(2023年12月期末:224,979百万円)の約56.6%を、のれん(70,793百万円)と商標権(56,698百万円)が占めています。IFRSではこれらは償却されませんが、事業の収益創出能力が低下した場合、多額の減損損失を計上する可能性があり、収益見通しと密接に関連する重要なリスクです。
② 地政学的・為替変動リスク
売上収益の過半数が海外(57.4%)であり、特に中国・香港地域への依存度が高いため、地政学的な問題や対日感情の悪化は、業績に大きな悪影響を及ぼす可能性があります(2023年にも処理水問題の影響があった)。また、外貨建て取引が売上の過半を占めるため、為替相場の変動も経営成績に影響を与えます。
③ 利益還元(配当)について
中長期的な目標として、連結配当性向40〜50%程度の弾力的な利益還元策を行うことを基本方針としています。ただし、借入金契約(シニアファシリティ契約)には、上場後も一定期間、配当制限が課されている点に留意が必要です。
2024年の実績および2025年の業績予想は、ファイントゥデイHDの恒常的な収益力(調整後EBITDAなど)が順調に伸びていることを示唆していますが、この収益性の改善傾向は、減損テストにおいて将来のキャッシュフロー予測を裏付けるものであり、現時点においては、2023年12月期末に指摘された減損リスクが直ちに高まっている状況ではないと判断できます。
しかし、無形資産の割合が高いという構造は変わらず、特に売上を大きく左右する中国・香港地域の地政学的・経済的な動向が、減損テストの前提となる収益見通しを揺るがす最大の外的要因として引き続き存在します。
まとめ
ファイントゥデイHDは、長年の信頼で築かれた強力なブランド力と、高い成長が見込まれるアジア市場(APAC)に特化しているという大きな強みを持っています。
しかし、LBOを経た企業特有の高水準な負債とその財務制限条項は、無視できないリスクです。今回のIPO再始動と公募資金使途の変更は、この財務リスクを軽減し、安定した経営基盤を確立するための重要な一歩と評価できます。
投資を検討される方は、ブランドの普遍的な価値とアジア展開の実現可能性に加え、負債圧縮計画の進捗状況を注視しながら、総合的に判断することが推奨されます。
ファイントゥデイHDのIPOの概要
目論見書より、株式会社ファイントゥデイHDの新規株式公開(IPO)の概要は以下の通りです。
本IPOは、ブックビルディング方式により実施される募集および売出しであり、グローバル・オファリング(海外募集および海外売出しを含む)として展開されます。
企業情報および上場予定
- 提出会社名:株式会社ファイントゥデイホールディングス
- 事業内容:主にヘアケア、スキンケア、ボディケアの3分野でパーソナルケア製品を国内外に展開する持株会社グループです。
- 上場市場: 東京証券取引所スタンダード市場への上場を予定しています。
- 上場予定日:2025年11月5日(水)が株式受渡期日(上場日/売買開始日)となる予定でしたが、2025年10月20日に延期を発表しました。
募集・売出しの規模(見込額)
目論見書に記載されている募集および売出しの金額は以下の通りです。
区分 | 株式数(株) | 金額(円) | 備考 |
新株式発行(国内募集) | 12,925,100株 | 16,149,912,450円 | 発行価額の総額(見込額) |
株式売出し(国内売出し) | 2,596,600株 | 3,817,002,000円 | 引受人の買取引受による国内売出し(見込額) |
オーバーアロットメントによる売出し | 4,311,500株(上限) | 6,337,905,000円 | 追加的に行われる可能性のある売出し(見込額) |
注記:上記の金額は、本訂正届出書提出時の想定発行価格(1,470円)に基づいて算出された見込額であり、発行価格等は今後訂正される可能性があります。また、海外売出しも同時に行われる予定であり、その株式数は13,222,100株と予定されています。
価格決定とスケジュール(延期発表前の情報)
発行価格および売出価格は、ブックビルディング方式により決定されます。
- 仮条件決定予定日:2025年10月20日
- 発行価格等決定予定日:2025年10月27日
- 申込期間:自 2025年10月28日(火)至 2025年10月31日(金)
- 株式受渡期日(上場日):2025年11月5日(水)の予定です。
主幹事会社および引受体制
グローバル・オファリング※1全体におけるジョイント・グローバル・コーディネーター※2は、ゴールドマン・サックス証券株式会社、大和証券株式会社、SMBC日興証券株式会社、UBS証券株式会社です。
国内募集、引受人の買取引受による国内売出しおよびオーバーアロットメントによる売出しの共同主幹事会社兼ジョイント・ブックランナー※3は、大和証券株式会社、ゴールドマン・サックス証券株式会社、SMBC日興証券株式会社、UBS証券株式会社です。
※1 グローバル・オファリング:株式や債券などの有価証券を、日本国内市場だけでなく、米国市場やユーロ市場など海外の市場でも同時に募集・売却すること
※2 ジョイント・グローバル・コーディネーター:株式などの公募や売り出しを国内外で実施する際に、証券の発行、取り扱い業務を引き受ける主幹事会社のことで、複数の会社が主幹事になっている場合は、複数の会社を代表して統括する主幹事のこと
※3 ジョイント・ブックランナー:株式などの売出しの幹事であり、ブックビルディング方式を採用して仮条件を設定する際に投資家の需要を調査するなど、売出しの販売面を中心に管理、推進を行う証券会社のこと
調達資金の使途
国内募集による差引手取概算額(海外募集が行われる場合はその手取概算額も含む)の全額は、2025年12月期に借入金の返済に充当される予定です。これは、2024年10月31日付で締結されたシニアファシリティ契約に基づく借入金の返済です。この返済により、支払利息の減少などの効果が見込まれています。
その他の特記事項
- 大株主:売出人かつ貸株人であるOriental Beauty Holding (HK) Limitedは、当社の発行済株式総数の99.25%を所有する大株主です(2025年8月31日現在)
- ロックアップ:売出人、貸株人、および当社グループ役職員を含む新株予約権者250名は、元引受契約締結日から上場日後180日目の日(2026年5月3日)までの期間、当社普通株式の売却等を行わない旨をジョイント・グローバル・コーディネーターと合意しています。
- 親引け:国内売出しにおいて、当社グループ従業員への福利厚生を目的として、ファイントゥデイグループ従業員持株会に対し、取得金額130百万円相当の株式数を上限として売付けるよう引受人に要請する予定です(親引け)。
配当政策(基本方針と目標)
提出会社である株式会社ファイントゥデイHDは、株主に対する利益還元を重要な経営課題として認識しています。
- 基本方針:財務体質の安定強化と中長期的な成長の原資とするための内部留保を充実させることを基本としています。
- 配当の頻度:今後の剰余金の配当については、中間配当と期末配当の年2回行うことを基本方針としています。
- 中長期目標:想定連結当期利益に対し連結配当性向50%程度を中長期的な目標としています。
- 決定機関:これらの配当の決定機関は取締役会です。
- 配当実施の可能性に関する留意点:持続的な成長に向けた投資を戦略的に実行する場合や、事業が計画通り推移しない場合など、配当を実施できない可能性があります。
借入契約に基づく配当制限
2024年10月31日付で締結されたシニアファシリティ契約では、一定の配当制限が課されています。
- 東京証券取引所への上場後、ある連結会計年度中に行う配当及び自己株式の取得等の合計額は、直前連結会計年度の連結純利益(一定の調整に服する)の50%を超えない範囲と定められています。
- ただし、トータル・グロス・レバレッジ・レシオ※が3.50:1以下となった場合など、特定の条件を連続して満たした場合には、この配当制限は撤廃されます。
※ トータル・グロス・レバレッジ・レシオ(Gross Leverage Ratio):自己資本に対して総資産がどれだけあるかを示す指標
株主優待制度
- 対象:毎年12月末日の株主名簿に記録された1単元(100株)以上保有の株主様
- 内容:約2,500円相当の自社製品が届けられます
注:この内容は将来にわたり確約されるものではありません。
日用品の優待は助かりますよね!


