『自分に合った勉強法』は存在するのか——学習スタイル理論の限界と、独学に使えるもの

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「自分に合った勉強法を探しているのに、なかなか定まらない」

そう感じたことはありませんか?

ネットで検索すれば、「視覚優位タイプにはマインドマップ」「聴覚優位タイプは音読で覚えるといい」といった情報がすぐに目に入ります。まず診断を受けて自分のタイプを確認し、それに合った方法を選ぶ。そのわかりやすさが、多くの人に受け入れられてきました。

ただ、少し立ち止まってみると、気になることがあります。
「タイプに合わせると学習効果が上がる」という部分に、実際どれほどの根拠があるのでしょうか。

この記事では、資格の勉強や学び直しなど、自分のペースで学んでいる方に向けて、広く知られる学習スタイル理論の実態を確認しながら、実際の学習に使える考え方をあわせて見ていきます。

目次

「自分のタイプ」で勉強法を選ぶという考え方が広まった経緯


「人によって情報の受け取り方には差がある」——これ自体は、認知科学の分野でも認められている観察です。視覚的な情報を処理するのが得意な人もいれば、耳から入る情報のほうがすんなり頭に残る人もいる。同じ授業を受けていても、教科書を読んで理解が深まる人と、先生の話を聞いたほうがスムーズに入ってくる人がいる。そういった個人差の感覚は、日常的な実感として多くの人にあるはずです。

この傾向を体系化しようとしたものが、「学習スタイル理論」と呼ばれる考え方です。なかでも広く知られているのが、VAKモデルという分類です。V(Visual:視覚)、A(Auditory:聴覚)、K(Kinesthetic:体感覚)の頭文字をとったもので、人の情報処理の傾向をこの3つに分けます。もともとはNLP(神経言語プログラミング)と呼ばれる分野から派生したとされており、1990年代以降、教育現場や学習法に関する書籍を通じて広まりました。今もウェブ上の学習法記事では頻繁に登場します。

骨格はシンプルで、「まず自分がどのタイプかを知り、それに合う方法で学べば効率が上がる」というものです。直感的に理解しやすく、たとえば、「視覚優位だからマインドマップで整理しよう」とすぐ行動へ移せます。その取りかかりやすさが、これだけ広まった理由のひとつと言えます。

診断テストが手軽に受けられるようになったことも普及を後押ししました。「あなたは視覚優位です」という結果が出ると、なんとなく「ようやくわかった」という感覚になります。学習につまずきを感じていた人にとっては、「うまくいかなかったのは方法が合っていなかったからだ」という気づきとして受け取られる面もあったことと思われます。

ただし、広く普及していることと、科学的に正しいこととは、必ずしも一致しません。

「タイプに合わせれば効果的」は、どこまで本当か


VAKモデルには、根本的な前提があります。
「学習者のタイプと使う学習方法を一致させると、学習効果が高まる」というものです。研究者はこれを「メッシング仮説(meshing hypothesis)」と呼ぶことがあります。

直感的には納得しやすいこの考え方ですが、実際に科学的な検証にさらされると、少し違う景色が見えてきます。

仮説を検証した研究が示したこと

認知心理学者のパシュラー(Harold Pashler)らは2008年、学習スタイルに関する多数の研究を包括的に調べた論文を発表しました。その結論として、「メッシング仮説を支持する十分な証拠は得られていない」と述べています。

この仮説を科学的に証明するためには、一定の条件を満たす実験が必要です。具体的には、「視覚優位タイプには視覚的な方法が有効で、聴覚優位タイプには聴覚的な方法が有効である」という結果が、実験で一貫して示されなければなりません。しかし実際の研究では、そのような結果が得られていないのです。

注意したいのは、これが「認知特性という概念が無意味だ」という話ではない点です。人によって情報処理の傾向に差があること自体は否定されていません。問題は、「タイプに合わせた方法を選ぶと学習効果が上がる」という具体的な主張の根拠が、想定されているほど強くない、という点にあります。

この論文が発表されて以降、学習スタイル理論への懐疑的な評価は増えており、現在では「広く普及しているが科学的な根拠は弱い」という見方が研究者の間では主流になりつつあります。とはいえ、こうした評価はまだ一般にはあまり知られていません。学習法の記事や書籍では今も「自分のタイプに合わせた勉強法」という形で広く紹介されているのが現実です。

好みと効果が一致しない理由

「視覚的な情報を処理するのが得意だから、図で覚えたい」という感覚は自然なことです。しかし、それは「図で覚えるほうが記憶に残りやすい」とイコールではない場合があります。

たとえば、複雑な概念を図だけで理解しようとした場合と、言葉で丁寧に説明された場合とを比べると、後者のほうが深く理解できることもあります。
特に抽象的な内容は、言語によって順序立てて整理されることで初めて定着しやすくなる面があります。感覚的に「得意」「好き」と感じる方法と、実際に記憶が定着する方法は、必ずしも同じルートをたどるわけではないのです。

また、「自分は視覚優位だ」と感じていても、学ぶ内容によって適した方法は変わります。地図を頭に入れるときと、歴史の出来事の流れを理解するときとでは、同じ「視覚的な方法」が同じように効くとは限りません。数学の証明を追うときと、語彙を覚えるときとでも、有効な方法は変わりえます。
タイプを一度固定して、それだけを使い続ければよいというほど、学習はシンプルではないと言えそうです。

さらに言えば、「この方法が楽に感じる」「好きだ」という感覚が、「この方法で学んだほうが身につきやすい」ことを意味するわけでもありません。学習の効果は、使う方法だけでなく、集中の深さ、繰り返しの回数、理解の確認方法、学ぶタイミングなど、さまざまな要素が絡み合っています。

科学的根拠のある学習の考え方


学習スタイル理論の根拠が弱いとわかると、「では何を頼りにすればいいのか」という気持ちになるかもしれません。ですが、安心してください。タイプ別の枠組みが崩れたからといって、有効な学習の考え方まで失われるわけではないという点です。VAKモデルとは別に、研究によって比較的しっかりした根拠が積み上げられている考え方がいくつかあります。ここでは、独学にも応用しやすいものをいくつか取り上げてみます。

デュアルコーディング理論——言葉と映像を同時に使う

カナダの認知心理学者アラン・パイヴィオが提唱した「デュアルコーディング理論」は、人の記憶には「言語的なルート」と「視覚的なルート」の2つがあり、両方を同時に使うことで記憶の定着が強まるという考え方です。

これはVAKモデルとは根本的に異なります。「あなたは視覚タイプだから視覚だけを使おう」ではなく、「誰でも言語と視覚の両方を使ったほうが記憶に残りやすい」という話です。どちらか一方に絞るより、両方を組み合わせることで、脳の中に複数の手がかりができ、思い出しやすくなるとされています。

たとえば、歴史の出来事を覚えるとき、テキストで読んだ内容を簡単な図や時系列で書き出す、あるいはその時代の写真や地図と一緒に確認する、といったことです。これはどんな「タイプ」の人にも共通して効果が期待できる方法で、「視覚優位だから図だけ使う」「聴覚優位だから音声だけ使う」という発想とは、方向がまるで違います。

認知負荷理論——脳への負担を適切に管理する

オーストラリアの教育心理学者ジョン・スウェラーが1980年代に提唱した「認知負荷理論」は、人の作業記憶(ワーキングメモリ)には一度に処理できる量に限界があるという前提から出発しています。

学習がうまく進まないとき、それはしばしば「自分のタイプに合っていないから」ではなく、「一度に処理しようとする情報量が多すぎるから」という場合があります。難しい内容を前にしてフリーズしてしまう感覚は、脳が処理の限界に近づいているサインかもしれません。

この理論をもとにすると、独学でできる工夫はいくつかあります。たとえば、はじめから全体を一気に理解しようとせず、小さな単位に分けて順番に積み上げていくこと。例示を増やして抽象的な内容を具体的なイメージと結びつけること。一度に複数の情報源を同時に参照するより、一つの教材に集中して進めること。これらはタイプに関係なく、学習の効率に直結しやすい工夫です。

特に独学の場合、自分でペースを決められる代わりに、「どこまでをひとまとまりとして学ぶか」の判断も自分に委ねられています。欲張りすぎず、今日はここまでという区切りを意識することは、思った以上に大切な習慣です。

検索練習効果——「思い出す」練習が記憶を強くする

「テスト効果」とも呼ばれるこの現象は、繰り返し読んだり見たりするよりも、一度覚えた内容を自力で思い出す練習のほうが、長期的な記憶の定着に有効だという研究知見です。

感覚的には、何度も読み返したほうが頭に入る気がします。しかし研究では、1回インプットした後に「思い出す」という負荷をかけたほうが、後になって記憶が残りやすいという結果が繰り返し確認されています。

これを独学で使うとすれば、テキストを読んだらすぐ確認問題を解く、読んだページを閉じて覚えていることを紙に書き出す、学んだ内容を誰かに説明するつもりで頭の中で再現してみるといった方法が挙げられます。「わかった気がする」段階で止まらず、「実際に出てくるか」を試す場面を意図的に作ることが、この効果を活かすポイントです。

資格勉強や語学の学び直しをしている方は、過去問や演習を後半にとっておく傾向がありますが、できるだけ早い段階から「思い出す」練習を取り入れることで、同じ時間の使い方でも定着の差が出てきます。

分散学習——間隔をあけることで記憶が定着する

1日に3時間まとめて勉強するより、1日1時間を3日に分けたほうが記憶に残りやすい——これを「分散効果」と呼び、19世紀のドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスの研究にまでさかのぼる、比較的古くから知られた知見です。

まとめて勉強することを「集中学習」、間隔をあけることを「分散学習」と言います。短期的には集中学習のほうが「わかった」感が強くなることもありますが、長期的に見ると分散学習のほうが記憶の持続に優れているとされています。

独学ではどうしても「今日一気にやってしまおう」という発想になりがちです。ただ、忙しい日常の中でまとまった時間を確保することの難しさもあります。
30分でも毎日続けることが、週に一度まとめて4時間やることより効果的な場合がある、という視点は、日々の勉強の組み立て方を考え直すきっかけになるかもしれません。

「自分のタイプ」を知ることが、まったく意味のないこととは言えない理由


ここまで、学習スタイル理論の根拠が弱い点と、より証拠のある学習の考え方を見てきました。ただ、最後にひとつ補っておきたいことがあります。

「タイプ別診断には根拠がない」という話を聞いて、「では、自分の学習の傾向を振り返ることも無駄なのか」と感じた方がいるとしたら、それは少し違います。

VAKモデルが示すような「このタイプにはこの方法が効く」という対応関係に、科学的な裏づけが乏しいというのが問題の核心です。しかし、「自分はどんなときに集中しやすいか」「どんな教材だとやる気が続くか」「どんな方法だと苦にならないか」を知っておくことは、学習を続けるうえで確実に役立ちます。

人が学習をやめてしまう最大の理由のひとつは、効果が出ないことよりも、続かないことです。科学的に最も効率がいい方法だとしても、苦痛で続けられないなら意味がありません。「記憶の定着に最も効果的」とされる方法と、「自分が無理なく続けられる」方法の間のどこかに、自分にとってのちょうどよい場所があります。

ですから、「視覚的な情報があると理解しやすい」という自覚があるなら、それは大切にしてよいと思います。
ただそれは、「視覚タイプだから視覚だけを使う」という固定化ではなく、「視覚的な手がかりを取り入れながら、思い出す練習もする」という柔軟な使い方のほうが、最終的に効果に結びつきやすいということです。

自分の感覚を出発点にしながら、それを方法論として固定させずにおく。その柔軟さが、長く学び続けるための土台になるのではないかと思います。

「合う方法が見つからない」と感じるとき、何を見直すか


勉強がうまくいかないとき、私たちはつい「方法が悪いのかもしれない」「自分のタイプに合っていないのかもしれない」と考えてしまいます。その発想は、ある意味で自然なことです。
努力が足りないせいだとは思いたくないし、やり方さえ正しければうまくいくはず、という期待もあります。

ただ、うまくいかない理由は、タイプのミスマッチよりも別のところにある場合がほとんどです。

一度に処理しようとしている情報量が多すぎないか。
復習の間隔が短すぎる、あるいは長すぎないか。
インプットばかりで、思い出す練習をしていないか。
そもそも、今の自分にとってその内容の難易度が適切かどうか。
こういった点を見直してみると、タイプを変えずとも、学習の手ごたえが変わることがあります。

また、「続かない」という悩みの場合は、内容や方法よりも、環境や習慣の設計を見直すほうが近道になることもあります。勉強を始めるためのハードルを下げる工夫、勉強する時間帯の固定、達成感を感じやすい単位に分けること——こういった「仕組みの話」は、タイプ論よりも日常の学習に直接効いてくることが多いです。

「なぜうまくいかないのか」を考えるとき、その原因を自分の特性に求めるよりも、方法や環境の側に余地がないかを先に確認してみる。その順番を変えるだけで、少し視野が広がるかもしれません。

続かないことに対しての仕組みの話を書いた記事もありますので、合わせてご参考ください。

学び方を「固定」しないことが、長く続ける力になる


「自分は視覚タイプだから」「視覚で覚えるのが得意だから」という自己理解が、かえって学習の幅を狭めてしまうことがあります。タイプを固定することで、それ以外の方法を試す前から「自分には合わない」と判断してしまうことが起きやすくなるからです。

大人になってからの学び直しや資格の独学は、学校での勉強とは違い、誰かが方法を決めてくれるわけではありません。自分で教材を選び、ペースを決め、わからないところを自分なりに解決していく必要があります。その過程では、「自分のタイプはこれだ」と決めてしまうより、「今の自分に、今この内容を学ぶには、どの方法が合っているか」を都度考える習慣のほうが、長い目で見たときに学習の質を高めやすいのではないかと思います。

学習スタイル理論が広まった背景には、「自分に合う方法があるはずだ」という切実な願いがあったはずです。その気持ちは、決して的外れではありません。
ただ、「合う方法」というのは、タイプ診断によってあらかじめ決まっているものではなく、試しながら少しずつ見つけていくものなのかもしれません。

どの方法が自分に合っているかは、使ってみた後でしかわかりません。
そしてそれは、学ぶ内容や、生活の状況や、そのときの体調によっても変わっていきます。

「まだ見つかっていない」のは、自身の探し方が悪いのではなく、学びそのものが実はそういう輪郭のぼやけた曖昧なものなのだと思います。

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